カーボン製チェロを試奏してみた
弦楽器フェアの会場で、カーボンファイバー製のチェロとバイオリンを見かけた。さっそく弾いてみた・・・・音質も弾き心地も、木製楽器とは全くの別物だった(冷静に考えれば当たり前だが)。
YouTubeには、今年のフェア会場での試奏の様子がUPされている。「木製のチェロと遜色ない音色に注目」というコメントが付いている。お店の人が立ったまま解放弦を弾いた音は、チェロっぽいように聴こえるかもしれないが、録音では本当のことは分からない。
試奏を申し出た私は、楽器屋さんのブースからちょっと離れたスペースで椅子に座ってしっかり弾いてみた。弓はお店で用意した木製弓。カーボンチェロはカーボンファイバーを樹脂で固めたもので、テールピースと指板も樹脂製らしい。駒は木製で、魂柱も(確認しなかったが)たぶん木製だろう。ペグはウィットナーのギア内蔵タイプを装着してあり、調弦は容易だった。板の厚みがどうなっているのかよくわからないが、素直には鳴らない。さっぱり鳴らないエレキチェロに、カーボン製の共鳴箱を付けたようなものといった方が当たっている。弾き心地は、弓に対する反応が鈍重で、エレキチェロに近い状態だった。鼻が詰まったようなくぐもった音が苦しげに鳴るだけ。音の質感をとやかくいえるレベルではなく、木製チェロと比較する気にもならない。無機質な音はつまらないから、すぐに弾くのをやめた。比較のため同じブースに展示してあったカーボンバイオリンも弾いたが、そちらも同様の傾向だった。値段は60万(チェロ)と30万(バイオリン)。ドイツ製だそうだ。
ネット上にはこれから楽器を始める初心者が、カーボンチェロか、木製のチェロか、どちらがいいの?という質問がUPされている。質問者は「木製のチェロは沢山の意見がありメーカーにより弾く方の好みが有るように感じました。 一方、カーボンチェロは2メーカーでグレードも無く、初心者でも気楽に使える楽器なのかな・・・と言う印象を受けました。 音の良し悪しなんて、今の私には全然分かりませんが、この価格帯ならどちら(使い勝手・音色)がいいかと迷っております」なんて書いてある。
本物のチェロを弾いている人間なら、カーボンチェロは木製品と同列に論じられない別種の楽器ということが理解できるが、これから楽器を始める人には、それがわからない。
上記の質問に対するベストアンサーに選ばれた回答は以下のような内容。
「カーボンのよさは何と言っても湿度の影響を受けないことです。日本のように梅雨があったり高温多湿の気候ながら、最近はエアコン完備で急激な湿度変化があるような環境には最適だと思います。音も狂いにくいですし、輸送や保管も楽です。カーボン樹脂は新しい素材でピアノの響板などにも実験的に使われていますが、いずれも評価は高いと聞いています。カーボンチェロにカーボンの弓で揃えれば、素人なら一生ものだと思います」
確かに高温多湿の悪条件の中で演奏しなければならない場合、カーボン楽器を使うプロがいることは知っている。以前、大学のOBオケの練習に参加した時のこと。季節は真夏。エアコンがない体育館のような練習場だったので、参加したメンバーは皆さん汗だくになっていた。東京のプロオケのコンマス(普通大学を卒業し、某国営TVオケに入団した)がトップに座っていたが、彼が持ってきたのは、ふだんお使いのオールド楽器ではなく、カーボンバイオリンとカーボン弓だった。劣悪な環境での演奏には、カーボンが適しているのだろう。
こういうケースは特殊と考えるべきで、これから楽器を始める人が、カーボンチェロを使った場合、発音の鈍さはボーイングに悪影響が出るだろうし、音色の悪さは耳に良くない(=良い音のイメージをつかめない楽器ということ)。壊れにくいという意味では「一生もの(?)」かもしれないが、飽きが来るのは時間の問題である。木製チェロは適切なメンテナンスをしてゆけば、人間の一生以の寿命がある。合成樹脂を使ったカーボン楽器と比べて、果たしてどちらが長持ちするのだろう?カーボン繊維自体はヘナヘナな布でしかない。これを樹脂で固めて成型している。その樹脂成分の劣化によって楽器としての性能が失われる問題を指摘する専門家もいる。あるいは、どこかをぶつけて破損した場合、修理が出来るのだろうか?普通の弦楽器工房では、受け付けてもらえないと思う。知人から「木製チェロが経年変化でプラスの作用があるのに対し、カーボンの経年変化はマイナスしかない」というコメントをいただいた。ごもっともである。
付記:私がここで木製チェロといっている楽器は、フェア会場に出品されていた園田信博さんや佐藤正人さんのチェロのレベルをイメージしている(価格帯は300万〜)。