弓の講習会

都心の大手楽器店でバイオリンと弓の大解剖という講座があり、後半の弓の部に参加した。講師はアルシェのベテラン職人さん2名。そのうち鈴木忠さんは、入社後18年間で7000本の弓を作ってこられたそうだ(アルシェのHPを見ると、弓を作っている職人さんは6人ぐらい)。

講座は16時からスタートして、18時半ぐらいまでやった。最初に鈴木さんから弓の材料の説明があり、次に削りの実演となった。フェルナンブコは木目が水平に揃っている材料の方が加工もしやすく見栄えもいいそうだ。しかし、小さな節がある材料を好んで使ったドミニク・ペカットのような人もいるので、一概にくせのある材はダメというわけでもないらしい。わたしが髄線の多寡と材料の質の関係を尋ねたところ、髄線が多い木材を好む作者もいるそうで、多いから安い弓というわけでもないとの回答だった(安弓のフェルナンブコには髄線が多く、上級品では目立たない場合が多い)。

アルシェでは、材料のランク分けは、材木に超音波を当てて共振周波数を測定して分類しているそうだ。弓の製作者ルッキが開発したヤング率を測定するルッキメーターという機械。端子から超音波を発信してその伝達速度を測定しヤング率を算出するのだとか・・・(?)

フェルナンブコの芯材は色が濃く、端に行くほど薄い色になる。密度が高くていい材料は、もちろん芯材である。樹液をたっぷり含む材は色も濃くなる傾向があるという。木取りの方法もいろいろあって、木目がカーブした材の場合、反りが入った状態で削り出す場合もあるが、多くは水平に切り出して、作業途中で少し反りを入れる。

反りを入れる時は火で炙るのだが、少しずつ(15cmぐらい)加熱し、芯まであたたまるように時々火から離して表面を冷まし、また加熱する作業をくり返す(こがさないため)。手で触れないほど熱くなったら、グイグイと指の力で曲げる。曲げた後は空気の吹き出し口に当てて冷却。これをくり返し、ヘッドの方から曲げてゆくのだそうだ。一気に弓全体を曲げる訳ではない。

反りを軽く入れた弓をどう削るのかと思ったら、机の端の工具にヘッドをさして、上から手で押さえつけて平坦にして削っていた。シンプルでなるほどと感心。

ベテラン職人さんの経験によって得られた知見、すなわち使用する材料の違いが完成した弓にどういう影響を与えるかとか、反りの入れ方の違いが音に及ぼす範囲など、数々の貴重な情報を教えていただいた。

総じて、しなやかタイプの弓は豊かな音が出るが、運動性能は若干かったるくなる。機能性に優れるスポーティータイプの弓は反応がダイレクトだが、甲高い単調な音になる。硬い木はパワーがあって音量が出るものの、シャープな音色が少々きつい。特に低音がガサガサする。柔らかな木は甘くソフトな音色だが、操作性の切れ味は鈍くなる・・・といった内容だった。このような傾向は、経験で知っている人も少なくないだろう。この他にも、木の色の濃淡や反りの入れ方によるテイストの違いなど興味深い内容を教わった。

両方のイイトコどりをした弓ならパーフェクトといえるが、そういう弓を見つけるのは難しい。運動性に優れ、音色もまろやかで熟成した音が出る弓は、残念ながら新作にはほとんどない。弓の木材の経年変化に伴う音質向上は、チェロやバイオリンでの新作楽器とオールド楽器の違いと同じ。弓も古くなると明らかに音はこなれてくる。ただし古い分、腰が消耗しているものも多い。コンディションがいいオールド弓の中には、パワーと切れ味の鋭さ(反応の良さ)、音色の熟成感が共存する魔法の弓が存在する。値段は数百万以上の高嶺の花であるが。

閑話休題。四角い断面の材は、まず八角形に削り、次に角を丸めて丸弓にする。角弓か丸弓かはお好み次第だが、中国弓は加工の手間が余計にかかる丸弓の方が値段は高いのだとか。フランスの昔の職人などはアバウトで、角弓で作って弾いてみて、バランスが悪ければ丸弓に仕立て直す場合もあったそうだ。ちなみに、アルシェでは旋盤を使って丸弓加工をしている(多分、廉価品のことだろう)。

ヘッドには角材の状態で黒檀のスライドと牛骨などのチップを貼り付ける。ヘッドのカーブに合わせて部材を反らせるのだが、水につけてふやかしてから火で炙って加熱して、やっとこか何かで挟んで曲げるのだそうだ。象牙は折れやすいので厄介な素材と聞いた。 パーツを接着してから、チップも含めてノミやカンナで削って整形する。完成した弓のチップを交換する場合は、木部より大きめのチップを貼り、ヤスリ等で削って木部に合わせる。若干チップを大きめに仕上げることもあるそうだ。木部を傷つけないためである。そういう弓を見かけたら、チップは交換済みと思えばいい。

次に、本日の講師のもうお一人である鎌田悟史さんによるフロッグの加工の実演があった。黒檀のブロックに湾曲したノミを当てて、ずんずん削っていかれた。フロッグのカーブを見れば、どういう工具で削ったか分かるのだそうだ。

半月リングは銀の薄板を型にあてて凹曲させて、水平なパーツと合わせて針金で縛り、銀ロウを接点に載せてアルコールランプで炙って溶かして接着。5分もしない内に出来てしまった。ベテラン職人がやるとあっという間の出来事だった。

予定ではこの後、毛を張る実演があったのだが、時間が押していたので省略。

後半は糸巻きと革巻きの体験実習となった。2色の色糸(片方は銀糸)を交互に巻きつけて模様を出す。あの糸は、単純に巻きつけてあるだけ。接着剤を使っているわけではない。相当な力で糸を引っ張りながら巻きつけないと、途中で緩んでくる。今日の講座にお誘いしたM氏は、作業を始めたら途中休憩は出来ないですよね〜、とか言いながら器用に腕力にまかせてグイグイと巻き付けていた。糸がほどけることもなく綺麗に巻けていたので感心した。

その後、革巻きの実習となった。工芸用の速乾性ボンドを革の裏側にたっぷり塗って一気に巻いてゆく作業だった。両端の部分は糸で縛り上げて絞るときれいに仕上がる。革巻き工程は、以前、自分の弓の巻き直しを弓専門工房でやってもらった時、作業を見たので知っていた。今回は糸を巻いた上に、直接革をかぶせていたが、銀線の上に巻く場合は、間に紙を挟む工程があった。若干違うのかもしれない。糸巻きのお試し用に使った弓の半完成品は、おみやげに頂戴出来たので、皆さん喜んでおられた。

10名限定の講座は満員だった。私とはバイオリン友達のA氏もお越しで、彼はこれから作る予定の自作弓の材料2本と、ずでに完成して使っている1本(いずれバイオリンの弓)も持参。弓製作用の工具のサイズや購入場所、ヘッドの裏側の喉の部分の削り方など、かなり具体的な質問を次々に浴びせかけておられた。アルシェの方も、マニックな質問攻撃にビックリだったのではなかろうか?



    
                     プロが巻いたサンプル


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