チェロのレッスン 98

S先生の弓が不調で、毛を張れなくなったらしい。レッスンに伺った折に拝見したら、アイレットが摩耗していた。ボタンの雄ねじは鉄製で、フロッグの上から飛び出ているアイレット(雌ねじ)は真鍮製。相対的に柔らかな真鍮パーツは使用に伴って少しずつ削られ、やがてねじ溝が消えて噛まなくなる。 スクリューを回しても空回りするだけである。アイレットの交換は10分もあれば完了する。しかし、古い弓の場合、ねじのピッチが現在と異なる場合がある。そうなると新たに切り直すため、修理に少し時間がかかる。 先生はオケのリハーサルで忙しいうえに、楽器屋さんが夏季休業中で修理に出せないのでお困りだった。そこで当座のつなぎにJPベルナール(ニッケル弓)を使われることになった。ベルギーの人気作家ピエール・ギヨームのアトリエ弓のブランドである。日本には銀弓とニッケル弓が入ってくる。

同じJPベルナールでも、銀弓は硬めの材料を使って細身のステックに仕上げている。音色はシャープで細身。輪郭の締まった鮮明な音が出る。一方、ニッケル弓は柔らかめの材料を使っているから、強度を稼ぐためにスティックは太め。音色は柔らかくて、ふんわりと拡散する傾向がある。音の芯がほぐれて、束で聞こえてくる感じ。新作チェロに合わせると、適度に音がこなれていい感じになる。

S先生のチェロは100年前ぐらいのジャーマン。音の線が明確に出る調整を施しているそうだ。ニッケル弓のふっくらキャラは相性がいいだろう。柔らかい材の弓は音はいいものの、細かい音符が連続するパッセージを速いテンポで弾く時などは、若不利になる。もたつく傾向があるのだ。対して、硬い材の弓は、そういうシチュエーションでの運動性は有利になるが、音色も硬め。スポーツカーの足回りがハードセッティングになっているのと同じで、コーナーリング性能はいいが、乗り心地はガタゴトして悪くなる。旦那仕様のサルーンは、やわらかな足回りでふんわりと路面の凹凸をいなしてしまう。乗り心地はいいが、飛ばす気にならない。どちらがいいかはお好み次第。優劣の問題ではない。弓も同じ。

弓談義の後のレッスンでは、シューマンのロマンスを見ていただいた。今回はリズムを正確に数える点を重点的にさらった。スラーだらけの楽譜なので、わたしは適当に歌い流してしまう傾向がある。そこを注意された。



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