弦楽器フェアを見る
毎年恒例、今の時期に北の丸公園科学技術館で開催している弦楽器フェアを見に行った。出品者の減少が続き、展示スペースの縮小傾向に歯止めがかからないイベントだが、今年も出品が少ない印象があった。
ざっと回った中ではシメオネ・モラッシの2015年作ヴァイオリンが予想外に良かった。有名な割にこの人の新作はもっさりしていて鳴りがイマイチのイメージがある。だが今回試した楽器は潤いのある深い音、しかもパリッとしたくっきり感もある音が朗々と出てくるから驚いてしまった。どうしちゃったの?ちなみに隣にあったジョバンニの新作はいつものような冴えない鳴り方だった。
日本人作家の中では御大園田さんのヴァイオリンが精緻で高性能な発音を示し相変わらず好調な様子。イタリアンのような色艶を売りにする音とは方向性が違う。もっと淡白・端正な性格だが、ストレスなくスルスルとなめらかな音が出てくる。東京で工房を営むガン・ショウガンさんのヴァイオリンは陰りがあるというのか一癖ある自己主張の強い音。どことなく二胡の音色を連想させるものがあった。
チェロでは沢辺稔さんの楽器のきっちりした精密な発音、金子陽一さんのチェロの多彩なパレットを持つ表情豊かな音色などが印象に残った。伊東三太郎氏のチェロとヴァイオリンは例年どおり甘美でソフトなイタリア風。チェロには石田泰史さんの工房から仕入れた10ミリ径のエクセレントーン(鉄)のエンドピンを装着していた。去年の楽器よりだいぶ引き締まった印象。
このところオールド弓の値上がりが著しい。会場のところどころにフレンチオールドを展示したブースがあったが、量は多くないし、どこでも幅を効かせているのはサルトリ。ドミニク・ペカットは少数のご尊顔を拝見。トルテは展示がなかったような(気付かなかっただけで、あったのかもしれない)。ラファンのブースで見かけたルイ・モリゾのヴァイオリン弓は150万の値札が付いていた。ヴィネロン(父)のチェロ弓は500万。随分と高くなったものだ。
地下のホールであった出品楽器を用いた演奏会は充実した内容で聞きものだった。12時から13時45分まではチェリストの辻本玲さんによる試奏。ドボコン2楽章とか「亡き王女のためのパヴァーヌ」、ポッパー「ハンガリーラプソディ」、ブラームス「チェロソナタ2番2楽章」、ラフマニノフ「ソナタ3楽章」、ピアソラ「オブリビヨン」など。さすがにプロで、どの楽器でも豪快に鳴らしてしまい、次々に繰り出してくる9本の新作を存分に歌わせておられた。この中では沢辺さんと金子さんの2本が強く印象に残った。演奏後、展示ブースに戻ったチェロを何本か弾いてみたが、私の腕では全然鳴らないとか、ガサガサに荒れた音しか出ないものもあった。ホールで響いていた音とは全然違う(辻本さんはヴィブラートをぐいぐいかける弾き方で音を作っていた)。
ついで15時30分からは松田理奈さんによるコンサートがあり17時15分まで続いた。こちらも小柄で華奢な女性ながら低音を図太く響かせながら刳りの効いた音楽を聞かせてくれた。演目は盛りだくさん。クライスラーの有名曲が6曲、ラベル「ツィガーヌ」、ヴィターリ「シャコンヌ」、マスネ「タイスの瞑想曲」、ラフマニノフ「ヴォカリーズ」、シューマン「トロイメライ」、イザイの無伴奏ソナタなどなど24曲もあった。チェロに比べると音色の個体差はそれほど目立たなかったが、音が前に出る楽器、そうでない楽器の違いはわかった。園田さんとガンさんの楽器の個性的な音が印象に残った。イタリア勢は色香は感じられるが、どことなくルーズというのか、締まりが緩い印象。
例年、パーツとか弦、松脂などの消耗品を安く売るブースが結構あるので、それらを見るのも楽しみなのだが、今年は出店が減少して控えめだったようだ。それでも松脂どれでも1000円、チェロのスピロコア弦、ヤーガー弦どれでも1本1000円とかはあった。私にとっては展示会場よりも地下のホールの演奏会の方が面白い結果となり、これまでの弦楽器フェアに対するイメージがちょっと変わってしまった。演奏会が充実しているので、そちら目当てで出かけるのも悪くないと思う。コンサート開始時間の30分前から行列しているが、席は十分に余裕があるので並ぶ必要はない。あそこの小ホールは後席ほど響きがいいので、開始間際に入って後ろのガラ空きの席に座るのが賢明。