箱根の美術館

3年前に箱根に出来た某美術館を見てきた。近所にあるポーラ美術館より展示面積が広いという噂を聞き、私立美術館としては空前の規模を予想した。ところが、外から見る建物は意外に小ぶりだった。おやおや?と思って中に入ったら、1階から5階まで展示室が連続していて面積は確かに広大ではあったけど、どのフロアも天井が低くポーラの半分ぐらいしかない。ということは空間の容積も半分だから、体感上はポーラの方が圧倒的に広く感じる。さらに4階までの展示室は、壁を濃紺で統一。暗闇の中に展示作品がスポットライトで浮かび上がる演出をしているため、閉鎖的で余計に狭く見えた。箱根地区最大というのは数字のマジックだった。

収集品は日本、朝鮮、中国の陶磁器、日本の絵画(琳派や浮世絵などの江戸絵画から昭和までの日本画)。最初の部屋は導入のためのセレクト展示だそうで、日本、朝鮮、中国の焼物や青銅器が並んでいた。日本は縄文土器や埴輪、朝鮮と中国は象嵌青磁や青花などが混在していて、とりとめのない感じ。いいものを最初に見せてお出迎えのつもりらしいが、5階にたどり着くころには、あまりに多くのものを見たせいで、最初に何を見たかは完全に忘却していた。

次の部屋では朝鮮と中国の陶磁器が、これでもかという分量で並んでいる。数が多すぎて目がチカチカした。室内は真っ暗。どの壁面にも似たような作品が置いてあるから、初めて来た客は方向感覚がなくなる。どこに自分がいるのか、時々わからなくなるのだ。

2階も真っ暗な部屋に日本の陶磁器を中心に大量の作品が置いてあった。部屋の中ほどに置いてある島ケースを見に壁面から離れると、四方の景色がほとんど同じため、戻るべき場所がすぐには見つけられないのには参った。

3階、4階は絵画の部屋で、金屏風とか掛け軸、水墨画の類が、これまた大量に並んでいた。部屋は相変わらず真っ暗。閉鎖的な空間に押し込められているため、だんだん気分が沈んでくる。途中に休憩室があって窓から箱根の森の緑が見えたりするといいのだが、そういう配慮はない。展示室内に置いてある休憩用の長椅子はベンチみたいな板張りで背もたれがない。クッションのない単なる板だった。そういうところに、ホスピタリティの欠如を感じてしまう。

5階は薄茶色のクロスを張った小部屋が一つあって、平安時代如来像、鎌倉・南北朝の四天王や仁王が置いてあった。室内照明には方向性がなく、まんべんなく明るい空間が広がっていた。どこかのお寺の収蔵庫か博物館と同じ展示だから面白味がない。仏像こそ、ほの暗い空間で、ゆらめく燈明の明かりで照らすみたいな神秘性の演出をしたらいいのに。ゴロゴロと仏像が並ぶだけだった。

全部見るのに3時間もかかった。展示品は立派だったが、照明が画一的で遊び心がまったくない。昭和時代の博物館の発想と同じで、ものだけ見せれば十分という昔風の考え方とお見受けした。今のミュージアムは時間を楽しむ場所になっているから、展示を見て、喫茶室やレストランで休憩し、ミュージアムショップでお買い物を楽しむところまでがセットになっている。こちらの場合は施設内に喫茶室はないし、ミュージアムショップもない(建物を出て坂を上った屋外に、それぞれ小さな店があった)。

やたらと美術品をいっぱい見せたがる方針は、親切の押し売り、コレクターの趣味のお仕着せともいえる。かつて松江にあって数年で閉鎖に追い込まれたルイス・カムフォート・ティファニー庭園美術館と発想が同じだと思った。あそこも巨大な美術館で、展示数がものすごい量だった。作品を収集し美術館を作ったコレクターが、展示の細部までひとりで決めていたと聞いている。玄関ホールにオークションでのティファニー作品落札価格一覧表みたいな資料まで並べ、展示作品の値段を知らせるほどの親切さだった。

箱根も自己満足の物量の多さで迫ってくる展示で、コレクターの熱い想いが伝わってくるから、少々息苦しい。展示品の説明パネルは少なく、音声ガイドもないので、ある程度知識がある人でないと十分に楽しめないかもしれない。それと、掛け軸を傾斜台にセットして、斜めに傾いた状態で見せる手法は、違和感があり過ぎて落ち着かなかった。客から見ると掛け軸の頭が遠く、足元が近くなっている展示は、虫ピンで蝶や甲虫を固定する昆虫標本みたいに思えてくる。作品が本来あるべき場所と全く脈絡のない無性格な闇の空間に置かれ、本来の設置方法と違ううやり方で置いてあるので、自然系の博物館に並ぶ標本のように見えてしまうのだ。

玄関を入ったら最後まで窓らしい窓のない倉庫みたいな無機質な空間が続く。そんな空間で情緒性を否定するドライな展示をやっていたとは予想外だった。いくら広くても、過ぎたるは及ばざるが如し。壮大な勘違いの極致。ちなみに入口で金属探知ゲートをくぐらせ、身体検査する空港みたいなものものしさは、監視員を置かないための知恵らしい。スマホもカメラも金属製品は一切持ち込み禁止という徹底ぶり。テロの心配をしなくて済むのは今風といえる。



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