「ストラディヴァリウス 300年目のキセキ展」を見る。

ストラド21本を展示する催事が10月9日、東京・六本木の森アーツセンターギャラリーで始まったので、さっそく見てきた。

 

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初日は15時スタートだったから15時40分ぐらいに会場に入った。丁度チェロの演奏会が第3展示室で始まるところだった(1717年製のBonamy Dobree,Suggiaを新倉瞳さんが弾いた)。9日は演奏会が2度あり、18時から磯絵里子さんによるヴァイオリン演奏会も予定されていた(San Lorenzoサン・ロレンツォとHammaハマの2本の弾き比べ)。

せっかくなので2回とも拝聴したが、演奏会場は黒山の人だかり。ということはストラドが並ぶ展示室はガラガラ。楽器をよく見るなら演奏会の最中がチャンス。演奏会の司会はフリーアナウンサーの朝岡さんが担当していた。クラシック音楽に通じておられる方だから、トーク時間をかなり長く引っ張って盛り上げていた。チェロの音はなめらかできめが細かい感じ。楽器の音質がわかればいいので、ちょっと聞いて展示室に移動した。

 

21本のストラドが一堂に並ぶ展覧会はアジア初だそうだ。内訳はヴァイオリン18本、10本程度しか現存しないヴィオラが1本、チェロ1本、ギター1本、総額210億円とか。そのせいか、やたらとガードマンが多い(印象派展などは絵1枚が50億とか100億だから、それに比べれば・・・)。ストラドのヴァイオリンは過去に見たこと、持ったこともあるけれど、一度にまとめて拝見するのは初めての経験。次の演奏会までの待ち時間2時間は苦にならなかった。というか、全然見飽きない。

 

 展示室の最初にはクレモナのヴァイオリン作りの元祖アンドレア・アマティ(推定1505-1579年)のヴァイオリン(バロックモデル)が置いてあった。400年以上前のヴァイオリンはどんな音が出るのだろう。その近くには現代作家によるヴァイオリン、ヴィオラ、チェロが展示されていた。

 第2展示室はストラディヴァリが使った工具や木型などが少し置いてあり、第3展示室には1本のストラド(ヴァイオリン)が展示されていた。演奏会はその横に椅子を並べて聞く趣向、椅子は少なく立ち見客でひどく混んでいた。

 

 第4展示室にはヘッドフォンがいくつか置いてあり、無響室で録音したストラドの音に電気的なエコーを付けた音源を聞かせていた。エコーの内容は、天井が高かったというストラドのヴァイオリン工房(20世紀前半に取り壊された)、ベルサイユのプチトリアノンのサロン、メンデルスゾーン時代のライプツィヒ・ゲヴァントハウス(500席ぐらいのホール)、サントリーホールの4種類。

私も実際に聞いてみたが、エコー付加による音の違いはわずかであり、何のためにこういう仕掛けを用意したのか意味不明に思えた。むしろ複数の楽器を使って無響室で録音した音源そのものを聞かせればいいと思う。楽器の音色の違いがよくわかるはずだ。

 

 第5展示室に至ってようやくストラドが勢ぞろい。客の大半がチェロ演奏会に集まっている最中にじっくりと観察させてもらった。1690年のメディチや徳永二男さんが出品した1696年のヴァイオリンあたりが古く、1737年に89歳で亡くなったストラディヴァリが死の1年前に作ったヴァイオリンまでいろいろ並んでいた。

 

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会場に展示されたすべての楽器を一巡したところ、スクロールの渦巻きの作りが繊細でかわいい感じがする点が印象に残った。真横から眺めると中心の突起が小さくてキュートな雰囲気があるのだ。スクロールの横幅は広いものが多かったが、1711年のマルキー・ドウ・リヴィエールみたいに幅が狭くて彫りがえらくシャープな渦巻きもあった。明らかに手が違う感じだから、ストラドの子供や弟子が制作に関与しているのかもしれない。

 ニスはマルキー・ドウ・リヴィエールのみ朱色に近い華やかなオレンジ色が鮮やかで異彩を放っていた。他は暗めのオレンジや栗色に近いニスが多く、街の楽器屋さんに陳列されている古いヴァイオリンと同じような雰囲気。ストラドを手本にした楽器が多いから似ているのは当然かもしれない。本家ストラドも色調のバラツキは多い。どこまでオリジナル・ニスが残っているのかよくわからない。

 楽器によってアーチの高低もかなり変化しているし、f字孔の造形もいろいろで、オールド楽器のお約束の左右非対称な造形はどの楽器でも普通に見られた。f字孔下部の表板の陥没による段差はすべての楽器に認められた。表板の木目の間隔はいろいろで、ものすごく夏目が狭い材もあれば、かなり幅広の材もあった。裏板の虎目も同様でいろいろ。裏板のところどころを焼いた針で突いて焦げ目を付けたように見える例も散見された。”加熱痕跡”はいつ付けられたのでしょうか。 | 自由ヶ丘ヴァイオリン

 

スクロールやペグボックスの稜線を黒く塗装する装飾が残っている楽器もいくつかあった。1690年メディチタスカン,1714年ダ・ヴィンチ,1716年ナチェス,1726年クライスラー,1734年製ヴィオラギブソンなど。1717年のチェロにも黒い線の塗装が観察できた。演奏会が終わった直後に展示ケースに戻されたチェロには松脂の白い粉が付着したまま。弦は真っ白、表板にも白い粉がいっぱい散乱していたのはちょっと残念だった。

 

ヴァイオリンに貼ってあった弦は、ドミナント、ヴィジョン、ペーター・インフェルドあたりが目立ち、オリーブ、オイドクサ、エヴァピラは少数派。チェロ弦はラーセン(ソリスト)。ヴァイオリンの顎当てやテールピースはクローソンやヒルが多かった。テールピースの裏彫りはほとんどしてなかった。

 

18時10分から始まった2本のヴァイオリンの弾き比べ演奏会では、今年300歳を迎えたサン・ロレンツォのとろみのある甘い音色が印象的だった。演奏者の磯さんによれば、この楽器は博物館で展示されているため弾き込が足らず、まだ目覚めていないとのこと。もう1本のハマーは今年になっていろいろな演奏会で使われているため鳴りっぷりがいいとのお話だった。確かにハマーの音は大きく迫力があったが、音色のデリケートなニュアンスの豊富さではサン・ロレンツォが勝っていた。マグロに例えるなら、ハマーは赤身の厚切り、サン・ロレンツォは中トロといった感じ。

 

ストラド展は10月15日までの1週間と会期が短いので見たい人はお早めに。大人の入場料は2300円。ストラド1本を100円で見られると思えば格安だ。しかも演奏会は毎日ある。さらに展示楽器は撮影OKと太っ腹。みなさんスマホでカシャカシャやっていた。

展覧会に出品された楽器を詳細に紹介した大型図録は35,000円といい値段だった(買いま・・・せん!)。写真では当然だが本物の立体感や色調は再現出来ない。スクロールの写真は斜めからのアングルが多くて、渦巻きのチャーミングな表情がよくわからないのは残念。グッズ類ではヴァイオリンの収納袋(3500円)が面白く、袋の表裏にストラドの名器のカラー写真(表板と裏板)がプリントしてあった。楽器を入れてケースに収めると景色が良さそう。絹地なら文句ないけれど、ポリエステルかなにかの合成繊維で、ちょっと厚手でゴワゴワしたタッチだった。

 

私が持っているヴァイオリンはコンテンポラリーの1983年製(今年2月に亡くなったクレモナの大家の作)と1933年生まれのボローニャの作家による1996年製の2本である。両方共1715年のストラドをモデルにしている。外見は似ているけれど、豪快にグイグイと材を彫り進めた刀の冴えを見せるクレモナ製と、繊細で大人しく品よくまとめたボローニャ製では細部の仕上げのポリシーが対照的で、どちらがよりストラドの造形に近いのか今までよくわからなかった。今回の展覧会を見て、繊細さが目立つボローニャの楽器が本家ストラドのフォルムに近いことを確認できたのは収穫だった。

 

  

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