再びセザンヌ

ブログを見た知人から質問が来たので補足。


質問

セザンヌの良さってのはどの辺にあるんでしょうかね?よくわからないです


回答(あくまでも個人的な見解です)

セザンヌは視点移動による複数のアングルから得られた視覚情報を、一つの画面上にコラージュする手法で絵画を成立させる方法を試した点で、キュビスムに至る道筋を準備した人といえるでしょう。複合視点の問題は諸書で言及されていますから、ここでは繰り返しません。セザンヌは画面のいたるところに絵の具の塗り残しをちりばめて、カンバスの白い素地が、あたかも絵具で塗りこめられた画面を蚕食するかのように見える作品を多数残しています。塗り残しが多い画面を見ていると、画家は意図的に絵画の生成過程を残したのではないかとも思えてきます。塗り残しを含む筆跡がそのままダイレクトに結果に直結するという点では、東洋の水墨画などと同じ効果を持っています。

水墨画では墨を塗らずに紙の余白を白い地のまま残すことで、何も描いていない空白部分が天空になったり水面になったりする暗示的な効果、多様な空間性を画面に導入しますが、西洋人には、このような余白の表現力はノン・フィニート(未完の美)の問題をはらんだ手法に見えたかもしれません。アカデミックな絵画がカンバスの隅から隅まできれいに絵具を塗って、筆跡を感じさせないくらいすべすべの画面を作ったのとは対照的に、印象派の画家たちが、わざと粗い筆跡で雑な描き方をしているように見せたのと相通じるものがあるといえそうです。印象派は絵画における完成の意味を変化させたため、当初は批判的に受け止められました。パラダイムシフトをやらかした連中への嘲笑の意味を込めた命名が「印象派」です。

塗り残しは3次元的なイリュージョンに穴をあけ、絵画が2次元平面の芸術であることを再認識させる効果を持ちます。セザンヌの試みは1910年代に出てくる抽象絵画につながっていくのでしょう(このプロセスにはジャポニスムの流行による浮世絵の平面描写の影響も噛んできます)。抽象美術出現後の1920年代にモネが描いた睡蓮の連作などは、空間の説明的描写は暗示的なレベルに下がり、色彩のアラベスク状態に接近しています。モネは抽象絵画には手を付けませんでしたが、抽象表現が登場した意味とか、伝統的なイリュージョニスムに束縛される必要性の有無は理解していたでしょう。


ビュールレ・コレクションのモネ「睡蓮の池」1920〜26年

セザンヌの仕事は、まだアカデミズムが強かった19世紀後半を生きた人なので、慎重に過ぎるというか、その後の絵画史を知っている現代人には牛歩のように思える要素はありますが、20世紀初頭に起きた革新が成し遂げられるための下地を整えた人物だった点は間違いないでしょう。問題意識を共有する若手らにとって、セザンヌという存在は頼もしい指針になっていたと思われます。

作品は理屈っぽいですが、独特の乾いた感性、枯れた味わいのある色彩感覚、計算された細心の筆のタッチなどがかみ合ってもたらす重層的な味わいは、他に類例がありません。わかる人だけにわかる仕掛けをほどこした作品があるのは、セザンヌという人物が相当な知者、絵画が絵画であることの意味を問い続けた証といえるかもしれません。



ビュールレ・コレクションの「庭師ヴァリエ」1904〜06年

バリアント①テート蔵

バリアント②Museo Nacional Thyssen-Bornemisza, Madrid


ビュールレ・コレクション ブラック「ヴァイオリニスト」1912年


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