ドライ・カーボンの弓

カーボン弓の操作性はかなりの水準で、安価ながらあなどれない実力には感心している。これまでにアメリカのコーダ社の製品を3本買ったことがある(価格別に松竹梅)。いずれもウエット・カーボンである。腰の強さはたいしたもの。弦の噛みも上々で弾きやすかった(過去形なのは手放したから)。音色が無機質的なのは、カーボンだからしょうがない。他社のカーボン弓も似たようなものだろう。そんな中で、オーストリーのArcus社だけが量産しているドライ・カーボン弓は、かなり毛色が違う。この種の道具は、店頭でちょい弾きしただけでは実力はわからないので、とりあえず購入して使ってみることにしている。

カーボン弓にはウエットとドライの2種類があり、普通に売られているのは前者の製法のもの。カーボン繊維の布をエポキシ樹脂で筒型に固めて作るのでウエットという。

一方、ドライカーボンは高温焼成のプロセスが加わる。炭素繊維を型に詰めて焼き締めるので樹脂成分が焼けてなくなる。その結果、硬くて軽い弓になるらしい。この技術を持っているのはArcus社だけなのだ。
http://www.stringed.net/

Cadenza(金・銀)、Concerto、Sinfonia、 Sonata、Veloceの6クラスあり、私が買ったチェロ弓はミドルクラスのSinfonia。定価は20万を少し超えるぐらい。塗装してないので、むき出しのカーボンが銀灰色に輝いている。 フロッグは黒檀で金具はシルバー。68gとビオラ弓程度の重量しかない。手に持った感じは、バランスが良くてヘッドの先が重くもなく軽くもなく丁度いい。木の弓より全長が多少長めに設計されていて、先弓での発音も安定している。出てくる音はふわ〜と柔らか。まったりした質感もある。この感じは、他社のカーボン弓とは随分と違い、オールド弓の木が枯れた軽やかなタッチに似ている。

チェロ用にしては軽量なので低音のドスが効かず、おとなしい傾向となるのは仕方ない。68gの軽さは、操作性の向上と引き換えに、低音の軽量化(=ベールがかかったようなもどかしさ)をもたらしている。弓の重量と低音の迫力が比例関係にあることは、誰でも弾いてみれば一目瞭然で、すぐに気付く事実である。カーボン弓のスティックの内部は中空パイプ状態らしいので、そのような構造が低音の鳴りを抑制している可能性も否定できない。一般に弓が重くなると音の密度は上がり、濃くて迫力のある音が出てくるが、慣性の法則が作用して、操作性は悪くなりがちなので痛し痒しの面がある。

Arcusは、中音域〜高音域の音量は普通に出る。スカスカではなく、そこそこ中身が詰まった感じで、中空パイプみたいな芯のない音のイメージではない。スティック(六角)はかなり太くてずんぐりしている。この太さがボーイングの安定感に寄与しているのかもしれない。吸い付きは上々で腰の強さは非常に強力。強過ぎるくらいで、もうちょっと、しなやかさがあってもよい。

工業製品でありながら、カーボンの焼け具合の個体差が大きいので、音色やスプリング性能にばらつきがあるらしい。値付けも出来上がった弓の性能に応じて差別化しているそうだ。とにかく軽いので、長時間の練習にはもってこい。疲れてくると、弓をうっかり床に落としたりするのだが、その点もカーボンは丈夫で折れないから安心感がある。オーケストラピットみたいな狭い空間で弾く場合は、木の弓だと接触事故が怖いので、カーボンは頼もしい味方になる。

最近ではウィーン・フィルコンマスのキュッヒルさん他、複数のメンバーが、本拠地のコンサートでカーボン弓を使用している姿をTVで見る(あれはヤマハのカーボンらしい)。カーボン弓がトップクラスのオケで使われるようになったのは、それなりの性能がある証拠なのだろう。とはいえ、カーボン弓は木の弓の代替品ではなく、まったく別の弓と考えるべき。リスク回避の予備弓として1本持っていても悪くはない。



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