弓の専門工房での話

弓の専門工房でギヨーム松脂の良さを教えてもらったわけだが、工房に行ったそもそもの目的は弓の修理。直すのはフロッグのアンダースライドが浮き上がった古い弓。 銀のプレートを留めている細い2本の釘の頭が飛んでしまい、金属板が離れてしまった。過去に銀板を接着材で留める簡易な修理をした形跡があったので、この釘は最近折れたものではなさそう。銀板を再度接合させるには、釘を打ちなおす必要がある。工房の主人の話では、頭がない釘を抜き取るのは厄介な作業だったようだ。

また、スクリューのねじを受けるアイレットも寿命がきていて、交換が必要な状態だった。アイレットはフロッグの上部にねじ込んである真鍮製の受け座。ボタンから伸びた鉄製のねじを挿入し、ボタンを回して弓の毛のテンションを調整する仕掛けになっている。鉄のねじの方が硬いので、真鍮のアイレットは長年の使用に伴い、だんだん摩耗してねじ穴が拡張する。古くなってくると、かなりきわどい姿に変形してくる。そうなると交換することになる。私が修理に出した弓は昔のねじが使われていて、今の既製品のアイレットとはピッチが合わない。そこで新たに作り直すことになった。 3mm角ぐらいの小さな真鍮製の半完成品にねじ山を切って、スクリューのねじに適合させるのである。ねじごと交換すればいいではないか?と聞いたら、ボタンの真中心に 新しいねじを差し込むのは難しいので、アイレットを新造した方が安全なのだそうだ。 構造がシンプルなだけに、微妙なずれが生じるとガタが出てくるのである。

何やかやで結構な修理金額となったが、故障個所は完璧に修復された。修理に出した弓は鑑定書にはクニオ・ユーリの作と書いてあるが、店主の見立てではラベルトの弓らしい。いずれにせよ戦前のミルクールで製造された弓に間違いはないとのことだった。この弓につけられているニューヨークの楽器屋さんが発行した鑑定書の有効性はどうなるのやら?古い弓の作者の特定は難しい問題で、ラファンあたりの鑑定でも微妙なところがある。

弓工房の店主は弓の制作者でもあるので、いろいろな自作弓を取り出してくれた。試奏してみたが、どれも新作にありがちな、生っぽさが音に現れてこないのがいい。オールド弓も何本か試させてもらったが、その中に1本強烈な個性のアルフレッド・ラミーがあった。太めで見た目はごつい角弓。強く弾いても全然へこたれない。しなやかでたくましい弾き心地と、熟成された音色が共存していた。 ラミーは軽やかなテイストが持ち味のメーカーだが、この弓はえらく剛毅な雰囲気なので驚いた。ラミー本来のスタイルではないので、特注品だったのではないかと店主がいう。値段も破格だったが、弓からオーラが出ていた。

店主が勉強用に買ったという秘蔵のフレンチ新作(金鼈甲)は、ヘッドの形状が丸みを帯びたスワン系という独特のスタイルの作家。知る人ぞ知るといった名人で、日本での流通量は多くはない。とろけるように甘い(エーテルが立ち上ってくるような)虹色の音色が出たので驚いた。あんな独特の味を持った新作弓は初めて見た。

店主の説では制作後、数年を経過している間に熟成が進んだのと、フロッグが地中海産の鼈甲なので、有機物特有の柔らかさが音響特性に複雑な要素を添加するのだとか。金具が14金なのも音色に影響があるそうだ。昨今は中国製の安い弓にも鼈甲フロッグが付いたものがある(私も1本持っている)。以前よりも鼈甲のありがたみは薄らいだが、本格的な金鼈甲弓は、さすがに凄味があった。





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