ハイフェッツ・オン・TV

ハイフェツが1970年にフランス国立放送局のスタジオで収録したTV番組のDVDを見た。舞台を引退する2年前、70歳になったのを記念してTV出演した時のものである。ビバリーヒルズに住んでいた彼が、わざわざパリに出かけて撮影させたのは、当時、フランスのTVが最も美しいカラー収録ができるからという理由だった由。ハイフェッツはテレビ出演を拒否しつづけてきたそうだが、これが最初で最後の出演になったようだ。カラー映像で彼の演奏姿が見られるのも、このDVDだけといわれる。

演奏曲目は、モーツアルトプロコフィエフ、ドヴュッシー、 ラフマニノフなどのアンコールピースと、バッハのシャコンヌブルッフスコットランド幻想曲(オケはフランス国立放送O、 ハイフェッツが指揮とソロを兼ねている)。

演奏は、CDで聞きなじんだテクニックの切れ味のよさと、ドライでクールな感性を感じさせるもの。それよりも映像で見るボーイングの抜群の安定感には驚かされる。弓の毛の貼り方はかなり柔らかめで、テンションが低い状態で弾いている。スティックに毛が接触寸前ではないかと危ぶまれる状態でスラスラと難所を弾き抜く様子は見ものである。ハイフェッツの弾き方は、弓毛の圧力よりもストロークで音量を稼ぐ手法を多用しているように見える。

ハイフェッツは芸術上の要求から、裸のガット弦を使用したと聞いている。楽器のテールピース付近の弦の色を注視して見ていたのだが、A線とD線は、たしかに裸のガットのようである。E線は金メッキしたスティール弦らしく、G線は銀線巻きの可能性があるが、よく判らなかった。 裸のガットはテンションが低いので音が柔らかく響く。反応もいいが音は小さい。しかも、寿命が短い。 そういう性格の弦を張った楽器を愛用したハイフェッツの音量は、意外に小さかったと記述する文献もある。こればかりはマイクで拾った録音では確かめようがない。ああいう弾き方が出来るのは、裸のガット弦の軽い反応性を前提 にしているのかも知れない。

弓を軽く動かして細かいパッセージを何事をないかのように弾いていく演奏中の姿勢は、直立不動といった雰囲気で、無駄な動きがまったくない。これ見よがしなパフォーマンスは全然なく、淡々とした表情で演奏している。究極の職人芸を見せつけられるDVDだが、演奏の質という点でも職人芸に徹しているところは好き嫌いが分かれるだろう。ぶっきらぼうともいえるドライさで弾かれたバッハなどは、あの時代に多かった濃厚な演奏スタイルと乖離している。今聞くと古風なところがあるのは否定できないが、それでもなかなか面白い味がある。




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