杉藤の弓

楽器フェアで気になった杉藤のチェロ弓。同クラスの別の個体はどんな感じか確かめたくて、杉藤のHPに出ていた都内の常設取扱い店のひとつに行ってみた。 JR某駅前のバイオリン専門店に寄って弓を見せてもらうことに。

しかし、お店の人の回答は・・・「杉藤の弓はお取り寄せになります」

ん十万クラスの杉藤弓を指名買いする客がいないので、在庫としては持ってないのだそうだ。

「アルシェなら高額品でも売れるのですが、杉藤は…むにゃむにゃ・・・」

1899年創業の老舗である杉藤のブランドイメージは「子供の分数弓とか初心者が使う入門用の弓メーカー」というあたりらしい。 価格帯が重なる上級品の出来は、アルシェと大差ないと思うのだが、宣伝戦略で後発のアルシェに負けている。名古屋の鈴木バイオリンが、後発のヤマハにしてやられたようにだ。実直で堅実な製品を作っているのに惜しいと思った。

数年前に50代の若さで亡くなった先代社長の杉藤浩司さんは、トルテの弓を理想にした実験作を弦楽器フェアに出品していた。毎年、ご本人の熱のこもった説明を聞きながら、意欲的な新作を拝見するのが楽しみだった。音量を出す性能よりも音質を優先させる哲学で作った試験的な弓を、フェア会場で購入したことがあった。カタログには掲載されていない番外品である。先代社長が自ら毛を張り替えて後日納品してくれた弓は、神がかり的な弾き味を持っていたので心底驚いた。弓が正しいボーイングを教えてくれるというか、いい加減なボーイングだと弓の方で自動的に正しい弾き方に矯正するようなところがあった。たとえて言えば、直進性に優れた自動車が、ステアリングを握っていなくてもまっすぐに進みたがるような感じである。

その弓の毛替を行きつけの横浜の弦楽器工房でしたら、絶妙だった弾き味が、すっかり消えてしまった。作者に毛を張り替えてもらうべきだったのだ。しかし、その時には、杉藤浩司さんは癌で亡くなられていた。それでも、他所でやるよりはマシと思い、名古屋の杉藤本社に弓を送って毛替をやり直してもらったが、最初の奇跡的な味わいは戻らなかった。先代社長の毛を張る技術には、秘伝に類する何かがあったのだろう。先代の実験弓を買った他の人も、毛替をしたら音色が変わってしまい困ったという話をブログに書いている。その方も杉藤に弓を送って毛替をさせたが、毛替担当者と相談して何度もトライしてみたものの、結局最初の味の再現は出来なかったそうだ。ちなみに杉藤では食肉用に育成した馬の毛を使っている。餌が違うので放牧馬の毛に比べると、しっとりした艶っぽい音色が出る。




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