数学は苦手?

掲示板でのヴァイオリンのピッチに関する質疑応答

《設問》

すべての弦を正しくチューニングした後、D線をゆるめます。
残りのEAGのピッチは、それぞれどうなるでしょうか。

   ①上がる ②下がる ③変わらない


《回答》

EAGの各線いずれもピッチが上がる。A=442に合わせた後、D線を緩めただけでA線が444近くまで上がった。


《この理由はなぜか?》

楽器が弦の張力によって水平方向に圧縮され、短くなっていたところで、D線が緩められたので、上駒と下駒の距離を伸ばす反発力が発生して、他の3本の弦を引っ張った結果、ピッチが高くなったのだろうと推論した人がいた。

しかし、弦の圧力は水平方向のみならず、垂直方向にも効いている。弦を緩めた拍子に魂柱を倒した経験がある人なら、楽器が縦方向にも圧縮されていることは知っている。 したがってピッチ変動の要因に、駒も含めた縦方向の反発力の可能性も疑ってみる必要はないのか?という質問が別の人から提議された。

これについて2人の理工系の奏者から以下の書き込みがあった。

           ↓


《Aさんの書き込み:弦が1本切れた場合、他の3本に影響が出るかどうか、その計算》


表板1枚が1つのバネ(左),弦4本がそれぞれバネ(右)として
連結されているモデルとします.

    |--www 弦1: P1=K1 * Xs
    |--www 弦2: P2=K2 * Xs
wwwwww-|--www 弦3: P3=K3 * Xs
    |--www 弦4: P4=K4 * Xs

# 表板の反発力 P0 = K0 * X0
# 各弦の圧力 Pn = Kn * Xs
# K :バネ定数
# X :バネの伸び

[圧力の均衡が保たれている状態]
K0 * X0 = (K1+K2+K3+K4) * Xs ...式1

[弦1が無くなったらΔXsだけずれる.]

K0(X0-ΔXs) = (K2+K3+K4)(Xs+ΔXs) ...式2

# 各弦の張力の変化 ΔPn = Kn * ΔXs


[式2−式1で]
K0(-ΔXs) = (K2+K3+K4)*(Xs+ΔXs) - (K1+K2+K3+K4)*Xs
     = (K2+K3+K4)*(ΔXs) - K1 * Xs
[移項して]
 K1 * Xs = (k2+k3+k4)(ΔXs) + K0(ΔXs)
     = (k0+k2+k3+k4)(Δx)
[両辺を(k0+k2+k3+k4)で割って]
Δx = K1 * Xs / (k0+k2+k3+k4) ...式3


[たとえば2弦の場合]
ΔP2 = K2 * Δx
= K2 * K1 * Xs / (K0+K2+K3+K4) ...[式3を代入]
= P1 * K2 / (K0+K2+K3+K4)    ...[P1=K1*Xsを代入]



ということで切れた弦がかけていた圧力に比例して
すこしだけ各弦の張力が増えます.

《Bさんの書き込み:駒の垂直方向の変形の度合いについて検証》

バイオリンの弦長(上駒〜駒)は概ね325mm。 仮に駒の高さが1mm増加したとすると(本当に1mmも変わったらエライことですが)、中学生以上なら誰でも知ってる(筈の)ピタゴラスの定理により、
 変化後の弦の長さ = √(325^2 + 1^2) = 325.00154mm
 これが音程にどれだけ影響するか、ドミナントなど複合材料の物性はよく判らないので、比較的単純な裸のスチール線(ゴールドブラカットのE線0.26mmφ)を例に取って試算します。
(Ref. http://www.sasakivn.jp/~sasakivn/report/saitenschpan.htm

 この弦のバネ定数は、断面積×弾性率÷弦長 で推定できます。 弾性率は一般的な鋼の値を使っておきます(一般に、鋼種が違っても弾性率はあまり変わりません)。
    弦のバネ定数 K = π×0.26^2 ÷4 × 21,000kgf/mm2 ÷ 325mm ≒ 3.43kgf/mm
よって、弦長が325mmから325.00154mmに延びたことによる張力の変化は、
    張力の変化=バネ定数×延びの変化 = 3.43 × 0.00154 ≒ 0.0053kgf
663Hz(442Hzの5度上)に調弦した上記E線の張力は、概ね7.57kgfです。 周波数は張力の平方根に比例しますので、
    変化後の周波数 ≒ 663Hz × √{(7.57+0.0053)/7.57} ≒ 663.232Hz
これは、約170分の1半音の変化です。(これを聞き分けられる人は相当凄いと思います)

 駒が1mm延びるという、途方も無い仮定をしても、その影響はこんなものです。

 ちなみに、楽器全体(駒の辺り〜上駒)が0.1mmだけ伸びた(反りが戻った)とすると、周波数変化は約15Hz(0.38半音相当)。 ナイロン弦はもっと柔らかい(バネ定数が低い)ので張力変化はこの数分の1、A線だと周波数は2/3、ということを考慮しても、1〜2Hzの変化が現れる可能性は十分にあります。

《同じBさんによる追加の書き込み:楽器本体の変形量を計算》

毒喰らわば皿まで、で楽器本体の変形量も試算してみました。といっても、胴は複雑すぎるので先ずはネックから。


 手許にVn.無いので寸法はイラストからの測り取りです。
(またしてもRef. http://www.sasakivn.com/werkstatt/qa/mensurhals.htm
ネックの幅は24〜32mm程度、厚みは12mm程度(指板含まず)。 断面を半円形で近似できるとすると、断面積は平均で
  π14^2 ÷ 2 =308mm2
長さは130mmが標準とのこと。 弾性率は、理科年表にあるチーク材のもので、1,300kgf/mm2(カエデ材はもうちょっと小さいかも)。 弦の張力は既出Ref.を参考に、5kgf程度と想定。

 以上から、弦1本の張力によるネックの(圧縮)変形量⊿Lは
  ⊿L = 130mm × 5kgf ÷ (308mm2 × 1,300kgf/mm2)
     ≒ 0.0016mm
ををっ、さっきの仮定(0.1mm)と桁が違う! これはネックだけですが、胴がこの何十倍も変形するとは考えにくいですね。


 モデルの微調整が必要ですね。 他に歪みそうな部材・・・そう、テールガットなんか怪しいです。 硬質ナイロン製(?)で直径1mm程度(?)、有効長さは1cm程度でしょうか。 では同様に、
  ⊿L = 10mm × 5kgf ÷ (0.785mm2×2本 × 300kgf/mm2)
     ≒ 0.106mm
見事、0.1mm伸びました。

本当言うと、駒の変位・変形(弦の長さ方向の)を想定しないと説明難しいかな、と思っていたので、この結果はちょっと意外でした。

これらの計算から、何が導き出されたかというと、楽器本体の弦の張力による変形の単位はピッチを狂わすほど大きいものではないらしく、むしろピッチ変動の原因は、ナイロン製のテールコードの伸縮作用にあるらしいということ。ためしに伸縮率の小ささが売りのタングステン製テールコードを使ってみたら、音質はガチガチに硬化したが音量は著しく増大、楽器が攻撃的な性格になった。チタンの場合はそこまでガチガチにはならないが、独特の金属臭と反応性の速さ、音色の明るさが付加される。一方、チェロの場合はプラスティック製のテールピースに鉄線のテールコードを組み合わせて使う人が少なくないので、ピッチ変動に対してはナイロンよりも有利かもしれない。しかし針金をナイロンとかケブラーのテールコードに交換すると、ピッチはともかくも、音色の明かな変化が生じてくる(テールピースも同時に交換する場合が多いので、複合的な要素が絡んでいるが)。テールコードは紐みたいな簡単な部品だが、材質と長さが音に効くので無関心ではいられない。




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