魂柱コロコロ

セカンドチェロの音がやや薄味なのが気になり始めた。A線が金属的に響くのもうれしくない。おそらく、ケブラー製のテールコードを装着している影響だろう。ケブラーの紐は軽量で強靭なところが売りだが、軽いパーツは高音には有利に作用するものの、低音はスリム化する。テールコードだけ交換できればいいのだが、ボアダルモニの柘植のテールピースに、しっかり結びつけてあってほどけない。仕方ないのでテールピースごと交換することにした。4本の弦を緩めて、そっとテールピースから外し、同じメーカーの黒檀のテールピースを載せ替えて弦を張り直した。

ここまでは順調だった。作業中に駒の位置がずれないよう(ずれても元の位置に立てられるよう)、駒足の周囲にマスキングテープを張っておいた。ところが、作業の過程で駒がわずかに動いたようで、駒足の下にテープの切れ端がもぐりこんでいたのに気が付かず、弦を張ってしまった。弦を巻き上げてからテープに気が付き、取り出そうとしたが出てこない。しょうがないので再度弦を緩めて駒を浮かし、下に挟まったテープを取り出した。やれやれ・・・と思った瞬間、楽器の内部でコロンコロンという音が(!)

魂柱が倒れた音だった。最近、湿度が高めなので緩んでいたのだろう。とりあえず転がった魂柱をf孔から取り出した。f孔から細長い棒を突っ込んで、その先に付けた粘着テープに魂柱をくっつけて引っ張り出すのだ。

行きつけの弦楽器工房には借りていたヴォアランの弓を返却に行く予定だったので、魂柱を立ててもらいに行くには、ちょうど都合がよかった(??)

ヴォアランの音質は圧倒的に優秀だが、ソフトタッチの腰の具合とヘッドの軽さゆえに弾きにくい場面があった。十六分音符が連続しているところをタカタカと速い速度で弾く時など、発音のマイルドさが音切れの悪さに通じ、ボーイングがもたつくのだ。73gと軽量なので弓先で噛みが甘くなり、しっかり発音させるためには、右手で圧をかけ続けないとダメなのも厄介だった。非常に軽い弓なので楽かと思ったが、右手に余計な力が必要だったため、楽はできなかった。というわけでお返し決定。夏のような陽気の中、魂柱を立て直してもらいに行った。

店には先客がいた。近所に住む男性チェロ弾きさんで、魂柱を夏用のもの(少し長め)に交換しに来られていた。湿気で楽器が膨らむと相対的に魂柱が緩む。その結果、鳴りも緩くなるのを避けるため、きつめに立てられる若干長い魂柱を作ったそうだ。楽器は新作で、魂柱を交換してからの鳴り方は、かなりキツイ調子。私にはガチガチ・ギンギンに聞こえたが、ご当人は満足顔だった。

私の番が来て、ジャーマンチェロの魂柱を立ててもらった。作業はすぐに終わり、音出しをしてみたら、こちらもキツメで硬い鳴り方になっているではないか。店の主人の話では、これから梅雨の時期をむかえ楽器がどんどん膨らむから、少しキツメに立てておいたとのこと・・・フ〜ン。しばらく私が弾いている音を聞いていて、キツ過ぎると判断したようで、再度、魂柱の位置を調整してくれた。今度は適度なバランスで、強すぎず、弱すぎず。金属的な響きが出ていたA線も、マイルドな音質で鳴るようになり、いい感じに仕上がった。

次に、他の客がいなくなったのを見計らって、私はヴォアランの弓の感想を話した。弓先で発音が鈍る。弦の噛みが甘いのでもたつく云々。

すると店主は、「ちょっと待っていてください」と言って奥の工房でヴォアランをいじり始めた。ヘッドのくさびを抜いて毛を外して、こちょこちょと何かしている。

その間、亡くなったシュタルケルの話とか、現役で一番のチェリストは誰だろうなんて話を店主の奥さんとしていた。ハンガリーという国にはいいチェリストが多いが、その中でも一番なのはペレーニだろうとか。リスト音楽院のオンツァイ先生の演奏が好きだと私が話すと、奥さんは店のお客さんの中にハンガリーに留学してオンツァイに師事した女の子がいるとか。ああ、マリオ・ガダを弾いているあの子のことだね・・・そんな会話をしているうちに再び、私の前にヴォアランが出て来た。「これで弾いてみてください」と店主が言う。さっそく試してみると・・・

弓先で浮き上がり気味だったヘッドの軽さが消えていた。弦の噛みも悪くなく、結構、しっかり食いついてくる。弓全体の腰が引き締まって強くなったような雰囲気もある。違う弓を弾いているような感じなのだ。ヴォアランさん、一体、どうしちゃったの??

店主の説明では、ヘッドの中の毛を収めてくさびで止める孔の中に1g弱の重りを封入したのだそうだ。わずかな重りを入れただけなのに、弓全体のバランスが変わってしまった。たったそれだけで、弾き心地が一変するなんて、手品みたいである。ヘッドが重くなったので、弦の噛みも向上して弾きやすくなった。操作性の弱点が改善してくると、音色が抜群にいい弓なので面白くなる。というわけで、返却に持っていった弓を、再度借りて、自宅に置いてあるプリモの楽器で試すことにした。

某バイオリン製作工房のHPには以下の文言が出ている。

「例えどんなに名前の知れている弓であっても、高価な弓であったとしても(またはお買い得な弓であったとしても)、弓竿が弱いと判断した場合には、絶対に未練を持ってはいけません」。

この言説に従うと、弓竿がソフトなヴォアランは除外対象になるのは確実だろう。私の手元には某バイオリン製作工房で売られたドイツ弓のメーニッヒ(金弓)がある。工房の主人がドイツに行って直々に吟味して仕入れたと宣伝しているもので、竿が強くて安定感は抜群、音量も十分以上に出る。ソリッドで俊敏な反応性を持つ剛弓だが、音色は新作弓らしく硬質でブリリアント。音の質感に関してはオールド弓とは比べられない。某バイオリン製作工房の主人は古い弓はトラブルが多いからと新作弓を推奨し、オールド弓ならではの音色の熟成に関しては語らない。 確かに新作弓は健康体が多いので、強さを基準に考えれば新作から選ぶのが理にかなっている。音色の良し悪しは主観的な好みも反映するのでノーコメントなのだろう。

最近は剛弓ばかりがもてはやされ、音色がないがしろにされていると憤慨していたのは若くして亡くなった杉藤の前社長だった。杉藤浩司さんは、理想はトルテとおっしゃり、サルトリーに代表される機能性を優先したモダン弓には批判的だった。大きなホールで、オーケストラをバックにコンチェルトをバリバリ弾くには剛弓が有利だが、アマチュアはそこまでの強さを求めなくてもいいのではないかと思うこともある。




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