弓を買うなら自宅に持ち帰って試す

行きつけの弦楽器で弓を見せてもらった時のことである。
「これを弾いたら他は弾けませんよ」と店主が言う。「これを・・・」はいつもの口癖(松脂の時もそうだった)。出てきたのはフレンチモダン。 79gと標準的な重さで、バランスがよくて弓先が軽く感じる。スティックは細身で芯がしっかりある。しなやかさと強さがほどよく調和しているが、音が柔らかく響くので、なんとなく頼りない印象。こんなん???と首をかしげる

そこで持参した自分の弓(新作としてはまずまずのレベルのロン・ディ・マ)と比べてみた。新作弓の音は生っぽくて、耳障りな倍音が混ざっているように聞こえる。フレンチは熟成されたというか、こなれた音が聞こえてくる。離れたところで聞いていた店主の奥さんが「音の通りが全然違います」という。

新作弓はいわゆる「そば鳴り」のような感じで、耳元では太く大きい音が出ているように思われるが、音が遠くまで届いてゆく浸透力が弱いらしい。反対にフレンチは耳元では柔らかく聞こえるものの、伸びがいいのだそうだ。 いわゆる遠音(とおね)が効くのである。弾いている当人には、離れた場所にどう聞こえているかは判らないので、聞いてもらうしかない。

このフレンチ弓、付属のミランの鑑定書によれば、ジョセフ・アルトゥール・ヴィネロンが1890年頃に作ったものだという。店主はヴィネロンの子供のアンドレ・ヴィネロンの作ですと言っていたが、アンドレは1881年の生まれ。1890年頃の制作だと、9歳の子供が作ったことになる。

まさか、そんなはずはないので、鑑定書をよく読むと、ヴィネロン(ペール)=(父親)と書いてあった。アンドレの父のジョセフ・アルトゥールのことである。そう指摘すると、店主は「フランス語が読めないもんで」と照れていた。 いつものことだがいい加減で調子がいい。

もう1本、店主が持ち出してきたのはヴォアランだった。弾き心地はさらに軽量級で、「羽根のような」といわれるヴォアランらしいタッチだった。 脇にいた奥さんが、「これ、軽すぎるんじゃない?」とチャチャを入れるくらいで、重量は73g。

ヴォアランの音色はまろやかでソフト。上品で悪くない。どちらか1本となるとソフトだけじゃなく、強さも共存したヴィネロンが魅力的だった。これらに続いてフランソワ・ロットとか他のフレンチも出てきた。そのクラスは作家の格が違うので、ヴィネロンやヴォアランとは比較にならない。

ということで、1週間、ヴィネロンを借りることにした。私は弓や楽器を買うときは、かならず自宅に持ち帰って試すことにしている。 楽器店は響きが良くなる内装にしている場合が多いので、お店で弾いていい感じだったとしても、自宅では、おや〜?っとなる場合もあるからだ。以前、アルフレッド・ラミーさんの弓に一目ぼれして、借りて来たらお店で弾いた時とは別物のような違和感を感じ、すぐに返却したことがあった。頭を冷やして冷静に考える時間も必要なのだ。

個人レッスンの時にヴィネロンを持参して先生に見てもらったら、先生には少し軽すぎるようだとのこと。79gなので標準的な重さの範囲といえるが、感覚的には70gぐらいに感じるらしい。 先生は少し重めのロン・ディ・マの弓も「軽〜い」と仰ったから、重めの弓がお好みらしい。弓の重さの感じ方は個人差があるし、頭が軽めのバランスになっていると、ますます軽く感じる。私にはヴィネロンは悪くないと思えたが、同時に勧められたヴォアランの軽やかなタッチも忘れ難く、比較用に手持ち弓4本を持って、再度楽器屋さんを訪ねた。

お店には0.1g単位で計測可能なはかりがあるので、持参した弓の重量を測ってみた。驚いたことに、持って行った弓はどれも同じ重さだった。中国製の鼈甲弓は低音がズンズン響くので相当重い弓だと思い込んでいたが82g。ベルギーのギヨーム工房の銀弓は細身で軽い気がしていたが、これも82g。同じ工房の洋銀弓は少し太めでしっとりしたタッチで、やはり82g。剛弓でしっかりした造りのロン・ディ・マも82g。バランスがそれぞれ違うので、手に持った印象では、とても4本が同じ重さとは思えなかった。人間の感覚は当てにならないものだ。

再度試したヴォアラン(73g)は軽くふんわりと、ソフトな音が自然に湧き出てくる感じ。どの音もエッジが丸められている。刺激的なところが全然なく上品そのものだった。ヴィネロンに持ち替えると、もう少しシャキッとした弾き心地が加わる。甘美な音色に目をつぶって操作性能優先で選ぶと、ヴィネロンの勝ち。最初に出会った時の第一印象は結局変わらなかった。ということで、私のメインボウはヴィネロンになった。




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