佳人薄命 ドヴォルザークのチェロ協奏曲

アニア・タウアーという女性チェリストがいた。1945年頃にドイツで生まれ、ニュルンベルク音楽院でエンリコ・マイナルディやアンドレ・ナヴァラに師事したという。1960年代に演奏活動を始めたが、1973年頃に28歳の若さで亡くなった。レコード録音は、ドイツ・グラモフォンにLP2枚を残したのみ。他に放送録音が若干あるらしい。ジャクリーヌ・デュ・プレと同年の生まれで活動時期も重なっていたが、今では忘れられたチェリストになっている。

タワー・レコードがヴィンテージ・コレクション・シリーズで復刻した世界初のCDは、ドヴォルザークのチェロ協奏曲、レーガーの無伴奏チェロ組曲第3番、フランセの幻想曲の3曲を収録している。彼女がドイツ・グラモフォンに吹き込んだ録音の全てである。

23歳のタウアーが演奏するドヴォルザークは、ソロが始まった冒頭から、ずっしりとした重心の低い音が聞こえてくる。カザルスが弾いていたゴッフリラの音を連想させるので、思わず聞き耳を立ててしまう。その後も低音が太く響くベルベット調の音色で音楽が奏でられてゆく。テクニックを誇示するようなヴィルトゥオーゾタイプの人ではないようだが、技術に安定感があるので安心して聞いていられる。スケール感は過不足なく中庸といったところ。演奏中にテンションが高まって音楽が白熱化してゆくわけではなく、冷静沈着、しかし盛り上がるところではそれなりにと、正攻法の丁寧な解釈が繰り広げられている。全体的にインティメートな雰囲気があって、細部まで清潔に磨き上げられたキッチンを見るような清しさを感じさせる。

汎ヨーロッパ的な智・情・意のバランスが揃ったこの人の音楽性には、一途なまっすぐさがあり、聞き手の心にストレートに浸み込んでくる。タウアーが若くして亡くなった経緯を知ると、そんな気質が痛々しく思える(彼女と恋愛関係にあった既婚医師が自殺し、タウアーも後を追ったのだ)。

伴奏はズデニェク・マーツァル指揮のチェコフィルハーモニー。のだめのビエラ先生役で出演したあの指揮者である。お国ものなので、オーケストラの仕上げはそつがない。録音は1968年3月。ロストロポーヴィッチ/カラヤン盤と同年のセッションで、アナログ全盛期のドイツ・グラモフォンらしい、しっとりと落ち着いた音質で録られている。






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