弓の性能を大きな空間で試す

響きが豊かな小ホールといった感じの場所でチェロを弾く機会があった。めったにないチャンスなので、手持ち弓を全部を持っていった。残響が豊かな大空間で弾くと、自宅で弾いた時とは弓の印象が変わってくる。楽器を選定するならホールを借りて、どう響くか確かめろという意見があるが、それに似た面白い体験となった。

硬めの木を使った弓は、自宅でも音がシャープに締まる傾向があるが、響く場所では、ますます音の線が収斂して、かっちりした硬めの音が出ていた。これは予想通りの結果。

一方、柔らかめの木を使った弓は、響かないデッドな部屋では若干ハスキー気味というのか、音の線がにじむような傾向があったが、残響の多い空間では音にまとわりついていた雑味が消えて、音の線が房状になって聞こえてきた。細い糸の束が集まって房になっているような感じがするのだ。房の中には、いろいろな色糸が混ざっているようなところもあって、単純に硬いとか、柔らかいと形容するだけでは不十分な、もうちょっと複雑なニュアンスを感じた。

これに似た体験は以前にもしている。ほとんど響かないデッドな練習場で、ブラームス交響曲第4番のリハーサルをした時のこと(私はバイオリンで参加していた)。オーボエがスカスカした音を出し続けているので、大丈夫かなと心配した。ところが本番では、ホールの豊かな残響に助けられて、オーボエらしい潤いのある艶やかな音に変わっていた。乾いたスカスカ音の原因だった雑音成分(ズィー音)が、響く会場では消えてしまったので、そういうものなのかと感心したことがあった。

古い記憶を呼び覚ましたのは、ベルギーのギヨーム工房のJ.P.ベルナールのニッケル弓である。J.P.ベルナールはギヨームのセカンドブランド。比較的安価だが、コストパフォーマンスが良いので人気がある。ギヨームブランドの高価な弓でも個体差が大きいから、一概に音色の特徴がどうこうとは言えないが、このメーカーの弓は強めのスプリング性能を持っていて音量面で有利なイメージがある。

手元には同じ刻印の銀とニッケルがある。銀はスティックがいっそう細いため、しなやかさが増している。重量はニッケルと同じ82gだから材料の密度が違うのだろう(たぶん銀の方が硬くて重い材)。音質を比較すると、銀弓はシャープでかっちり。音が前に飛び出すタイプなのでソリスティックな性格といえる。一方、ニッケルは若干ザラッとしたタッチで音は膨らんで拡散気味。周囲とは溶け合いやすい性格で室内楽向きと、銀とは対照的なキャラクターになっている。

デッドな場所弾くと、ニッケルはやや締りがないボーっとした太い音が出る印象だった。しかし、残響が加わるとそんな弱点は目立たなくなり、ニュアンスの豊かさでは、ニッケルも銀と互角、ないしはそれ以上の線にいっているのではと思われた。弓は値段じゃないというが、まさにその通りだと思う(銀弓に負けてないというだけで、銀がニッケルに劣っている訳ではない)。

同様に切れ味が鋭くてスィートスポットが狭く、ポイントを外すと雑音が出やすい(=扱いにくい)ロン・ディ・マの弓も残響に助けられ、たくましさと切れの良さが共存する弓に思えた。それまでは、切れるけれども刃が薄いカミソリ的なキャラだと思っていたのが、日本刀のイメージに変わった。刃物キャラはそのままだが、もっと骨太な性格に思えたのである。

ドライカーボンのArcusはどうかというと、素材のシンプルさがストレートに出て、綺麗に澄んだピュアな音色が出ていた。上品なすまし汁みたいな味わいである。しかし、木の弓に交換すると途端に音色が含みのあるものに変わるので、カーボンの限界も思い知らされた。音質が均一で整然とした性格のカーボンには、重層的な複雑さは期待できないようだ。ウィスキーのシングルモルトブレンドの違いみたいな感じ。

手持ち弓の中で最も古いヴィネロンはどうだったかというと、ラフに弾いても雑音はほとんど出ない。弓の方で嫌な音を出さないようにコントロールしているようなところがある。弓を弾くのではなく、弓に弾かされている気がした。





にほんブログ村 クラシックブログ チェロへ
にほんブログ村