2012 弦楽器フェア (その1)

今年の弦楽器フェアは、チェロの試奏演奏会が最終日に設定されていた。日曜の13時ちょっと前に北の丸公園科学技術館に到着。すぐに地下のホールに直行した。ちょうど開場したところで行列が動き出していた。最後にくっついて行ったが、ホール内は空席が目立ち、私は前から8列目ぐらいの席に座れた。

演奏者はドミトリー・フェイギンさん(ロシア人)。現在、東京音大教授だそうだ。13時から45分間の一回目の演奏会では、4本の新作が試奏された。作者は沢辺稔、アレッサンドロ・コメンドゥッリ、株式会社シャコンヌ、伊東三太郎の各氏。楽器と一緒に作者も舞台に登ってご挨拶。曲目はショスタコーヴィッチの「チェロとピアノのためのソナタ」、ヤナーチェク「おとぎ話3曲」、ラフマニノフ「オリエンタルダンス」、チャイコフスキー「ベッツオ・カプリチョーゾ」サンサーンス「白鳥」。

フェイギンさんは安定した技巧で次々に曲をこなしていかれた。左手の親指の位置に注目して見ていたが、結構いろいろな位置に親指が移動している。指板の上に出てくる7ポジ以上では、親指が指板上で弦に接触せず、中空でヒラヒラ状態になっていた。大きなビブラートをかけるには、あの方が具合がいいのだろう。低ポジションでも1の指よりさらに上に(スクロール側に)親指がいることも、しばしばあった。私の個人レッスンの先生なら、ダメ出しをするところだが。右手の柔軟性もかなりなもので、指弓を多用して弾いていた。

4本のチェロの中で音色の魅力と遠音が効く性能を併せ持っていたのは、コメンドゥッリさん(値段不明・たぶん300〜)と伊東三太郎氏の楽器(170万)。前者の音には、しなるような弾力感が感じられ、音の輪郭もシャープに締まっていた。後者はとろけるような、まったりした丸みのある音が、ふわ〜っと舞台からせり出してくる感じ。最後の「白鳥」などは典型的なイタリア的美音(霜降り状態のトロトロ)で弾かれていた。

三太郎氏は普通の大学を卒業後、イタリアに渡ってパルマ音楽院でスコラヴェッツァに師事した作家。25年間ミラノで制作を続け、5年前に帰国して現在は仙台でアトリエを構えている。彼の楽器は日本で作られてはいるものの、材料も技術もイタリアンと言ってよい。コメンドゥッリさんの楽器ともども、イタリアのチェロの音色には官能的な格別の魅力があった。演奏会の後、三太郎氏の楽器をブースで試したら、ブワーっと拡散する綿飴的な柔らかさを感じた。舞台から聞こえてきた音とは印象が違う。少し離れた場所で聞くと、それなりに音が締まって響く傾向があるのだろう。その後、いろいろなお客さんが三太郎氏のチェロを弾いていた。数時間後、再び私も弾いてみたら、随分と音の輪郭がはっきりしている。最初にボケ気味と感じたのは、弾き込んでいなかったためのようだ。

弦楽器店シャコンヌのオリジナル・チェロは、チョコレート色の不透明なニスが塗られていて、見栄えはあまり良くなかった。松脂を煮詰めて作ったオリジナルニスだそうだ。肝心の音は緻密で滑らか。チェロと言うよりもビオラに近い肌理の細かい質を感じた。こじんまりとまとまった箱庭的なスケール感ともいえる。後でシャコンヌのブースで試してみたが、異様に軽い楽器だった。店員さんの説明では板を薄く作っているので低音が良く響くのだそうだ。昔の楽器の造りを再現したとも。値段は300万。

2回目の演奏会は15時から45分間。ここのお客さんは並ぶのが好きらしく、またしても長い行列が出来ていた。前回同様、最後にくっついて入場。今度も前から7列目ぐらいの席が空いていた。舞台には岩井孝夫、大塚紀夫、フィリップ・クイケン、園田信博、ジョルジョ・グリザレス各氏の楽器が置かれていた。曲目はフォーレ「エレジー」、ブラームスハンガリー舞曲」、プロコフィエフ「シンデレラ組曲」、ドヴォルザーク「ロマンティックピース2曲」、チャイコフスキーロココの主題による変奏曲」全曲。

岩井さんの楽器(230万)ではフォーレの「エレジー」が演奏された。チェロが良く鳴る曲ゆえ楽器が得をした面もあるが、それを考慮しても迫力ある音量たっぷりの楽器で、非常に高性能な印象を受けた。音色は淡白だったが、精密機械を見るような精緻な発音性能を感じた。この楽器はブースで試した時も、引き締まった筋肉質の音がバンバン出るので非常に感心した。

同じことは園田さんの楽器(315万)にも言える。ドイツで勉強した人なので、イタリア的な官能性や爛熟感は感じられないものの、清潔で端正。必要な仕事はきっちりこなすエリート的なキャラクターの楽器だった。これもブースで自分で弾いたら、結構色っぽい音色が出るので、ホールの印象ほど生真面目一徹ではないと思われた。美音を洪水状態で出す楽器が、ホールでは丁度よい甘さに聞こえ、控えめに色っぽい楽器だと、色気が客席に届く前に途中で消えてしまうのかもしれない。

この2本のチェロに比べると、大塚さん、クイケンさんの楽器はおとなしい。まじめに作られているが地味な印象があった。ジョルジョ・グリザレス氏のチェロは、今回試奏に選ばれた9本の中で1本だけ異質だった。演奏時間が長いチャイコフスキーロココの主題による変奏曲」は、曲を二つに分割し、前半を園田さん、後半をグリザレスの楽器に替えて演奏した。園田さんの高性能なチェロの次に弾かれたこともあって、グリザレスの音質の粗さは際立っていた。



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