弓三昧の午後

近所に住むアマチュア・チェロ弾きさんがコレクションした弓を拝見する機会があった。持参された弓は4本。Pierre-Yves Fuchs(銀弓)、 Sylvain Bigot(金弓)、 Georges Tepho(金弓)、 Michael Mönnig(銀弓)。

日本ではあまり知られていない作家たちだが、TephoはVSA1994年金賞受賞者、Bigotは2011年 フランス最高弓製作者金賞受賞者。Fuchsは2004年にVSAで金賞を取ったフランス系スイスの製作者。Michael Mönnigはドイツで代々工房を構える実力派。量産工房を経営するMönnig以外の作家は、年間の生産数がわずかなので、日本ではめったにお目にかかれない品らしい。

見せてもらった4本の中では、音色の華やかさで2本の金弓が勝っていたが、どちらも私とは相性が今一つでしっくりこない。音色は金弓らしく綺麗で透明感があり、音の輪郭が際立つ性能だったが、音がシャープに出るということは、ミスも容赦なく目立つわけで・・・繊細な弓さばきが必要な弓を使いこなすのは難しい。

Tephoは4本の中では竿が細めの弓で繊細で軽快なタッチを持つ。カチッと締まった硬質感が感じられる材が使われているが、細身なのでしなやか。音色は艶やかで高音が綺麗に出る。ライトアップされた黄金色の噴水が放物線を描いて広がってゆくようなイメージの音とでも形容できようか。私はストラディバリのチェロを連想した。音のエッジが鋭く出るタイプなので、ふっくら、まったりした柔らかさは少ないが、その分、贅肉をそぎ落として透明度を高めた感じ。前に飛び出す音が出るものの、自己主張も強い。両刃の剣的な性格を秘めた弓なので、使い方を間違えると大変だが、うまく使いこなせれば、絢爛豪華な個性的な味わいを発揮するだろう。持ち主さんは、この弓を初めて弾いたときは、未体験の噛みの良さを感じ、音も一番柔らかいと思ったそうだ。この手の音色の傾向や竿の太さ、バランスの具合を総合した弾き心地に関する印象は、主観的な好みが反映するので、人によって評価はかなり違ってくる。 キャラが立っている弓では、その尖った部分をどう感じるかで見方は違ってくる。

Bigotも金弓らしいゴージャスな音色で、Tephoよりも肉付きがいい音だった。Tephoと比較すると、吸い付きのいい操作性や音色、音量などの要素が高いレベルでまとまったマイルドな性格で万人受けする。 突出した強烈な個性はないが、金弓らしい品位が備わり円満で使いやすい。気になる欠点がない優等生的な弓である。

銀弓の Fuchsはヘッド寄りのバランスで喰い付きは優秀。腰の強さはかなりのもの。音量は十分以上出るが、馬力で売る弓でもない。音には渋い照りのようなニュアンスも感じられ、お茶にたとえれば緑茶というよりダージリンかウーロン茶。お菓子ならビターチョコとかそんな感じ。しっとりした落ち着きと若干中音域が膨らんで張り出すバランスの音が出る。高音域はブィーンという倍音を含んで鳴ることもある。楽器の芯をとらえて鳴らすのが得意らしい。なかなかに個性的な味をもつ弓だった。

ドイツ弓のMichael Mönnigは、離れて聞くと他の3本に比べて地味でおとなしい音だったが、お借りして弾いてみたら、竿の動きがしなやかで適度な弾力感もあって弾きやすかった。他の3本がソリスティックな性格なので、比べられると分が悪いが、トゥッティで使うなら何の問題もない。ピリッとしたスパイシーな味わいはないが、 穏健で丸みのあるこなれた音を出していた。

金弓には少し柔らかめの材(甘い音色が出る)を使い、硬い材は銀弓に使うとどこかで読んだ記憶がある。銀は音色よりもパワー重視ということなのだろうか。私が一番気に入ったFuchsはまさにそんな感じの弓。金弓は音色の華やかさで優るものの、銀の2本はボーイングに安定感があり、音色も尖ってないので私のような初級者でも弓に助けてもらえて、結果的に弾きやすかった。実用本位で考えれば銀で十分なのだろう。

知人はオーダーメードでチェロ弓を海外に発注しているから、価格的には国内で買う場合の半額ぐらいになる。リーズナブルだが、出来上がった弓を試して買うことは出来ない。そのため偶然の結果かもしれないが、似たような性格の弓が多く、高水準の中で僅差を競うようなコレクションになっていた。新作弓の世界で著名な作家さんたちの仕事が集まっているから機能的には文句なし。音量の大きさが求められる今どきの新作弓らしく、どれも腰の強さは十分だった。

問題があるとすれば音色。いかに腕利きの作家さん達の仕事とはいえ、新作弓の限界は超えられず、音色の生っぽさは、いかんともしがたい。こればかりは老獪な音を出すオールド弓には、全くかなわないのである。知人は簡単には鳴りたがらないイタリア新作楽器を、弓圧を強めにかけて豪快に鳴らす弾き方をしていた。ゴリゴリと弾けるパワフルな弓がお好みのようだった。




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