氷山の一角

2007年に出版した本がボチボチとコンスタントに売れていて、5刷を出してもらえることになった。増刷する度に細部の修正を加え、完成度を高めてゆくのがわたしの流儀。4刷までに毎回アチコチをいじってきた。しかし、出版してから7年も経つと、当時とは考え方が変化してくるわけで、新たに違う本を出すのがベターだが、それも厳しい。

というわけで、結論部分の原稿を書き直し、より深化した内容に変更した。2刷、3刷の段階でも手を入れた箇所であるが、今回は最後の4分の1を新しい文章と差し替えた。締め切りは6月30日だった。30日の15時過ぎにメールで修正箇所を出版社の担当者に送ったら、まもなく電話がかかってきた。

新たに書き下ろした部分に違和感があるような、ないような微妙な印象を受けたらしい(つまり違和感があるということだ)。ゲラが出た段階で、もう一度読み返してみますとの意見だった。細かい語彙の変更ではなく、ドサッとまとめて交換するのだから、編集担当の意見は当然である。

全面改訂と違って部分修正で新しい文章を挿入するには、差し替える文字数をピタリと合わせる必要がある。文章を刈り込みながら舌足らずにならないよう工夫してみたものの、読者にこちらの意図が正確に伝わるかどうか。

「よい文章とは氷山の海面上に出た部分の如し」とは学生時代に恩師から聞いた言葉である。われわれが目にする氷山は、氷塊のてっぺんがチョコっと海面上に出たのを見ているわけで、水面下に隠れた部分の方がはるかに巨大なのだ。自分が知っている知識の全部を書くのではなく、文章にするのはほんの一部にしておけという教えである。ストックがいっぱいないと出来ない芸当だ。うまくゆけば含蓄に富んだ文章になるとはいえ、なかなかに難しい。今回の訂正原稿は少ない文字数で多くを語る必要があり、まさに氷山状態だった。

一般的には、出たばかりの新刊本にはミスプリがあるから増刷後に買った方が無難である。わたしのように初版を上書きする改訂をくり返す著者もいる。増刷が出来るのは旧版を買っていただいた読者のお陰であり、最初からパーフェクトな本をお届け出来ない点は申し訳なく思っている。チェロの修行と同様に、キリがない世界なのだ。



にほんブログ村 クラシックブログ チェロへ
にほんブログ村