楽器屋さんのこと

年度末の決算セールの時期。楽器の購入を検討している人もいるだろう。参考までに私の経験を書いておこうと思う。

以前、古くから付き合いのある某弦楽器店で1985年にブダペストの作家が作ったチェロを見せてもらったことがある。DMで届いたセールのチラシには「25年ほど経った楽器ですが、年数以上にこなれています。ふくよかで豊かに鳴っています。新作のキツい音につかれた方に是非!やわらかい音です」と書かれていた。店主の奥さんの説明によると、チェロは東欧製が案外いいのだとか。同じ価格帯ならジャーマンより高く評価出来るとも。ドイツの新作チェロは全般に生真面目な性格というか、実直に仕事をこなしてくれるが面白みが少ない優等生みたいな存在が多い。分業で作ったパーツを組み合わせる量産楽器の場合、無個性になるのは仕方ない。平均的なレベルはキープしているものの作家の持ち味を反映した音はあまり期待できないそうだ。

その点、ハンガリーあたりの楽器はジャーマンとは違う個性的な味わいが感じられるのだという。私が見たブダペスト製チェロの前の持ち主はプロ・ミュージシャンで、仕事でバンバン弾いていたという。それで鳴りがいいのだと説明してくれた。ちょっと弾いてみたら、低音が豊かに柔らかく響くし重音が楽に弾けて気持ちよかった。音色にハンガリー音楽(ハンガリー狂詩曲のたぐい)を連想する粘り気のあるアクの強さが潜んでいて、無色でそつがないジャーマンよりは一癖あって面白いと思った。使用に伴う小傷の多さやニスの剥がれ、音のこなれ具合から想像するとそれなりの年月が経過している印象を受けた。しかし、指板やペグなどのパーツは妙に新しい。交換したのかもしれないが、ちょっと不可解。

セールの目玉商品なので半額になるという。自宅で弾いてみることにして持ち帰り、楽器の中を覗いてみたら・・・ラベルの1985年が正しければそれなりの年季が入っているはずだが、内部はホコリひとつなく漂白したみたいに真っ白。エンドピン・ホルダーを挿す孔を開けた時のおがくずだろうか、木屑がいっぱい残っていて、出来立てホヤホヤの雰囲気。表板、裏板には古びた細かい傷がたくさんあったがルーペで観察したら、どの傷の中にも通常ならあるはずの黒っぽい汚れは皆無。一様に同じ明るい色調の傷がアトランダムに散りばめられていた。一見古そうな貫禄のある外観はオールド仕上げの効果によるものだった。

一番気になったのはネックの裏側。まっさらな白木のままなのだ。ペグも指板も新品が付いている。20年以上使われた楽器なら新品同様の状態であるはずがない。プロが仕事で使っていたと聞いたが、そんな楽器にしてはネックに手擦れの痕跡がないのは不自然である。この点を店主に電話で尋ねたら、倉庫の奥深くで眠っていた未使用の長期在庫品かもしれないという。奥さんの説明と食い違っている。

そこで別の楽器屋さんに実物を見せて意見を聞いた。都内のある楽器店では、この手の東欧産新作オールド仕上げの楽器をドンドン仕入れて、ラフな作りの個所を修正してから100万ぐらいの値を付けて販売しているのだという。かつてその修正仕事を担当していたから、この手の楽器はよく知っておりますとのこと・・・

楽器の状態を見てもらったら、バスバーの圧力に耐えかねてその部分の表板のカーブが沈み込んでしまい楽器が変形しているという。表板が薄いのだ(だから新作にしては鳴る)。他にもネックに付いている指板が分厚くて鳴りを悪くしているので削る必要があるが、ネック自体が薄い作りであるため、指板の厚みで弦高を調整している関係で、指板を薄くすると、その分、ネックと指板の間に薄い木片を挿入して高さ調整をする必要があるという。ウチで調整するなら駒も魂柱も交換、指板もネックから外してから裏掘りし、全体に薄くして再接着しますという。もっと締まった音が出る楽器になるでしょうとのことだった。柔らかい音は、言い方を変えると芯が弱いふやけた音でもあった。表板、裏板が薄い新作楽器にありがちな、一見よく鳴るものの、音の密度が薄くて腰砕けになりやすい製品だったのだ。

完成後、せいぜい1〜2年のオールド仕上げのチェロ、しかも製作精度が悪くて歪みが発生した品物ということで素性は確定。楽器店に返品に行った際に同業者に見せたことは伏せて「ネックの裏がまっさらなのは何故?」と奥さんに聞いたら「プロが仕事でバンバン弾いていた」という話は思い違いだったと認めた。その後、旦那の店主が現れ「仕事で使っていたという話は、楽器を売りに来たハンガリー人からの情報で、仕事で使った期間は半年とか1年とか短期間の可能性も有り得る」と理屈をこねる。奥さんが、あれは私の思い違いだったと認めているのに。長期在庫品だったチェロを最近になって半年か、1年弾いてから日本に持ってきて、マイナーな場所にある弦楽器店にハンガリー人が納品するのだろうか?楽器の来歴に関する説明が二転三転、最後は「ハンガリー人はいい加減だから」という話でオシマイ。いい加減なのはハンガリー人ではないと思った。

  

にほんブログ村 クラシックブログ チェロへ
にほんブログ村

にほんブログ村 クラシックブログ ヴァイオリンへ
にほんブログ村