ミセス・バッハ

「ミセス・バッハ」という番組をNHK・BSで視聴した(イギリスで制作された2014年の番組)。バッハの後妻のアンナ・マクダレーナは実は大変な才能を持った作曲家で、大バッハの作品として知られている名曲(たとえば「無伴奏チェロ組曲」とか「ゴルトベルク変奏曲のアリア」)は、実は彼女が作曲したものだったという内容。古典音楽の研究家が筆跡鑑定や文書分析の専門家らと共に調査に乗り出したドキュメントだが、最初に結論ありきのストーリー展開で、都合のいい材料を並べただけのように思われた。

アンナ・マクダレーナが幼少期から音楽の教育を受け、大人になってからは声楽家としてケーテンの宮廷に仕え、かなりの高給取りだったという話は面白かった。そういう能力がある人だったのでバッハが後妻に迎えたのかもしれない。しかし、いかに早熟だったにせよ12歳の少女が書いた筆跡を大バッハの筆跡と比べるのは、比較資料の選び方に妥当性があるのだろうか?「無伴奏チェロ組曲」はバッハ本人の直筆譜が見つからず、アンナ・マクダレーナや弟子の筆写譜しかないことから、あの曲集はアンナ・マクダレーナが作曲したという話も・・・もしそうだとしたら、大バッハと同じ時代に、彼に匹敵する、つまり人類史上最高レベルの偉大な天才がもう1人いて、しかもその天才はバッハの2番目の奥さんになる女性だったことになる。

バッハ家は家族で作曲の仕事を分担する工房みたいな組織だったと説明していた。手描きの楽譜を複数の人間が分担してコピーする作業とかならありそうだが、まっさらな状態から新曲を生み出す作業も分担していたのだろうか?受難曲とかカンタータのレシタティーボの部分を助手が書くとかならあり得るかもしれないが(モーツアルト最晩年のオペラ「ティトスの慈悲」では大急ぎで作曲するために弟子のジュスマイヤーにそういう下請けをやらせた例がある)。「無伴奏チェロ組曲」が奥さんの作曲だったという説はどうなんだろう。レシタティーボみたいな型がある音楽ではない。複数の筆写譜を観察して細部の違いを検討された横山さんのHPには、原典の初期稿を写した写譜と後期稿に由来する写譜の違いに関する説明が出ているけど、そういう微妙な問題は番組では触れられていない。

大バッハは晩年に視力が衰え楽譜を書くことが不自由になったので奥さんが代筆していた話も紹介された。「ロ短調ミサ」の楽譜は奥さんが書いているので、作曲者が奥さんである可能性をほのめかしていた。あのミサには旧作のカンタータなどからの再利用が多いから、元になったカンタータの音楽も奥さんの作曲ということになるのだろうか?それとも奥さんの意志でバッハの旧作から幾つか選んでアレンジして、ミサの大曲に仕立たことになるのだろうか?アンナ・マクダレーナが有能な音楽家だったことは事実としても、写譜などで内助の功を果たした才媛という扱いなら、なるほどと納得する。バッハの名前で発表された傑作の実際の作曲者(佐村河内と新垣さんみたいな関係?)と言い切ってしまうのは、どうかなと思われた。


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