信州の環境

所用で長野県松本まで往復した。お天気が小雨だったこともあり、かなり涼しく、朝は肌寒いくらい。まだサイトウ・キネン・オーケストラの音楽祭をやっているらしく、それ関係の青いバナーをあちこちで見かけた。帰りに旧知の友人宅に立ち寄った。

学生時代に工芸の勉強をした友人が住む屋敷は、1880年代に建築されたという立派な旧家だった。玄関は板張りで、かつての土間も含めると10畳を優に超えるスペースがある。天井が高くて、太い梁や柱は黒光りしていた。ワンルームマンションぐらいの広さだから、玄関で暮らせる感じ。通された座敷も天井が高くてひろびろしていた。柱と梁に多少のずれが生じ、水平と垂直がきっちり90度で交差してないため、建具がスムーズに動かないことがあるらしい。140年も経過していれば、若干のゆがみはしょうがないのだろう。所々にある釘隠しの金具の装飾なども年代を感じさせるし、窓の外に目をやれば緑がいっぱい。梅の巨木にはいい具合に苔が付き、しっとりと落ち着いた風情を漂わせていた。

私が知っている長野県の工芸作家の人たちは、空間の質が高くて広々した家に住んでいるケースが多い。庭先には果樹園や畑があり、ブドウとか林檎を栽培していたりする。自宅に果樹園があるとは。狭い敷地に住宅がひしめき合う首都圏のベッドタウンの住環境とは雲泥の差である。

風土とか環境が人間の精神に何らかの影響を及ぼすとしたら、長野県の工芸作品に共通するおおらかさ、レトロなのどかさ、気取りのない朴訥さなどの特徴は、おそらく作家さんらの住環境の質の高さと無関係ではないのだろう。当人たちはそれが当たり前なので意識していないようだが、ちょっと裏庭に行ってブドウの枝を切り、スケッチの材料にするなどという行為が日常的に出来るのは、かなり恵まれた環境に違いない。友人が出してくれた茶菓子が盛られた薔薇貫入の鉢(長野県在住の本間友幸氏の作品)をながめながら、妙に納得してしまった。帰路の中央道で車から見えた満月は、雲間に隠れがちだった。



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