秋の展覧会巡り

今日は都心の美術館をはしごして回った。まずはサントリー美術館の「狩野元信展」から。ポスターに使われている大仙院「四季花鳥図」は10月18日からお出ましで、それに合わせて出かけた。サントリーは赤坂にあった時代から時々、安土桃山の障壁画展を手掛けている。いつも充実した内容で感心していたが、今回も見応えのある立派な展覧会だった。元信が確立したという真・行・草の三種の画体をわかりやすく展示してあり、中国側の粉本的作品も織り交ぜて、偉大なスクールのルーツと展開への道筋を理解させる構成。行体で描かれた水墨花鳥図などは孫の永徳に直接に連なる系譜がよく分かった。中国画の濃厚な味わいと比べると、元信画はやや淡泊で整然としていて、一種の清涼感を湛えている点は興味深かった。11月5日まで。

続いて上野の東京芸大美術館「素心伝心展」に。上野公園でポスターを見たので寄る気になったのだが、タイトルは意味不明。法隆寺釈迦三尊のモノクロ写真が掲載されているから、たぶんレプリカでも展示してあるのだろうと想像した。内容は予想通りで、芸大が開発したクローン文化財(特許を取ったレプリカ制作技術)を披露する展覧会だった。最初の部屋に法隆寺金堂の内陣が実物大で再現されていた。昭和24年に失火で失われた壁画も漆喰壁の質感まで複製している。安田靫彦前田青邨など昭和の日本画家らが復元模写した作例(現在、法隆寺金堂内に設置されているもの)は過去に何度か見ているが、和紙に描いているため漆喰壁の凸凹感までは写し切れず平板に終わっていた。今回展示されたレプリカ画は手触りも本物に迫っていて、テクスチュアがざらざらしていた。仏画本体は便利堂の写真原版からデータを取り込んでピエゾグラフなどの技術を使って印刷したのではないかと察する。手描きじゃないので、画家の裁量による手加減が少ない分、より忠実といえるだろうか。コンピューター技術の進歩による壁画のデジタル的再現は、上げ写しで模写をしていた昭和時代にはなかった発想であり、いろいろ応用範囲が広そうに思われた。

 わかりにくいポスター

壁画もさることながら、今回の展覧会のハイライトは金堂本尊/釈迦三尊像のレプリカだろう。実物を3次元計測して3Dプリンタで蝋型原型を制作し、高岡でブロンズ鋳造した由。従来のレプリカ仏像はシリコン樹脂で本物から型を取り(その際、間に錫箔を被せるため、箔の厚み分だけ太るとか聞いた)、プラスティック樹脂で成型していた。今回の像は光学測定でデータを取っているし、材料も銅合金で本物に近づけている。表面の彩色は現状と同じ古色仕上げになっていた。出来れば煤ける前の創建当初の金ピカな姿も展示してもらいたいところ。

 製作中の像。この状態で見たい。

かつて光背の周囲に付いていた飛天も復元してあった。中国の石窟寺院に残る飛天や、東博法隆寺宝物館の小金銅仏を参考にしたのだろう。飛天が周囲に付いたことで、一回り光背が大きくなり、かつての荘厳の様子を偲ばせてくれるのは良いと思う。細かい部分は四十八体佛の光背(甲寅銘)の飛天を引き延ばして使ったのかもしれない。特異なところがある止利仏師の造形に適合した復元案かどうかは、何ともいえない。

光背(甲寅銘)

ちなみに第二展示室には脇侍の複製が低い位置に置いてあった。上からのぞくと型持ちの位置とか、瓦せんべいみたいな薄っぺらの構造がよくわかる。

斑鳩法隆寺に行っても金堂内は暗くて釈迦三尊はよく見えないから、広々とした展示空間で明るい照明で拝見できるのは(レプリカであっても)貴重な体験といえる。あそこまでリアルに複製可能なら、法隆寺の救世観音とか薬師寺の本尊、東大寺法華堂の本尊、興福寺の阿修羅、平等院鳳凰堂の本尊など、日本美術の精華といえる仏像の3Dデータを保管し、実物そっくりレプリカ(創建当初の姿も同時に再現して2体並べる)を展示する施設を東京に作ったら、万が一の災害でオリジナルが損傷した場合の備えになるし、外人観光客も喜ぶだろう。「素心伝心展」にはダイナマイトで爆破されたバーミヤン大仏の頭上にあった太陽神の壁画も再現されていた。消失部分を補った箇所がしっくりこないという専門家もいて、釈迦三尊の飛天と同様に推測で造形する部分は、工業技術だけでは解決出来ない課題を残す。その点、敦煌莫高窟の実物大レプリカは推測が入る部分が少ないのでリアリティが高かった。レプリカの写真撮影はほとんどOK。10月26日まで。

美術館巡りの最後は国立西洋美術館の「北斎ジャポニスム展」。明日から一般公開する前の内覧会を見てきた。最近NHKでも葛飾北斎を何度か取り上げているし、関西でも北斎の展覧会をやっている。ちょっとした北斎ブームだろうか。肝心の北斎の作品は肉筆画ではなく版画主体の展示なのは、欧米に流出して彼の地の芸術家に影響を与えた北斎画が、そうした印刷物(複製)中心だったためだろう。印象派の油彩画やアール・ヌーヴォーのガラス工芸、陶器などいろいろ並べて、北斎の影響が及んだ範囲の広がりを検証する主旨だから、北斎芸術の魅力を見せる展示とはちょっと違う。明らかにモチーフを引用していることが明白な事例も多々ある一方で、構図や人物の姿勢の関連性を説明する場合は、ストレートに因果関係を証明できるわけではない。北斎画の影響が想定されうるというレベル、類推による取り合わせで、当たっているかどうかの判断は見る側にゆだねられている。

全般に資料的な観点から北斎作品(冊子や浮世絵版画などの小さい作品が多い)を扱っているため、ジャポニスムの勉強としては面白いが、純粋に美術鑑賞の楽しみという点では、ややチマチマしていて散漫な傾向が感じられた。博物館的に大量の資料を網羅した展示からは、何が今回の目玉作品なのかは、はっきりしない。そういう客寄せ作品を必要としないコンセプトなのかもしれない。とはいえ、ところどころにモネやセザンヌの秀作、ガレのガラスなどが置いてあり、ほっとする。来週からは東京都美術館ゴッホ展が始まるから、いよいよ上野は混み合うだろう。そういえば通りがかった上野の森美術館の前には入場待ちの行列が出来ていた。「怖い絵」の展覧会も盛況のようだ。


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