サントリー美術館「ガレも愛した清朝皇帝のガラス」展

サントリー美術館の乾隆ガラス展を見てきた。乾隆ガラスのデザインは定型化したパターンの繰り返しが多いため、似たような作品が続く単調な展示となる。そこでサントリー美術館が持っているガレ作品を展示後半部に加えて補強していた。展覧会タイトルも「ガレも愛した清朝皇帝のガラス」。知名度の高いエミール・ガレの名前を冠している。乾隆ガラスがどことなく前座的な扱いで、軸脚はガレに置かれている印象もある。職人芸とアーチストの仕事の違いが、そう見えさせるのかもしれない。

乾隆ガラス特有の、高肉浮彫でモチーフの輪郭をくっきりと際立せる硬質な造形と、ぼかしを使いこなすガレのデリケートな表現は対照的に見える。それらを一緒に展示する際に「両方とも植物をテーマにしていますよ」とか「色が似ていますよ」とか、どこかに接点があるもの同士を選んで並べていた。


左はガレ、右は乾隆ガラス 同じケースに並べていた。補色関係の類似に注目


左は乾隆ガラス、右はガレ 同じケースに並べていた。フォルムの類似に注目


例えばガレが所蔵していた中国製のスモークガラスの鼻煙壺。昆虫を表したガレ作品2点とを並べて、この鼻煙壺からガレが影響を受けたと説明していた。鼻煙壺は全体が同じ色調で彫刻は粗く硬い。一方のガレ作品2点は、濃淡のぼかしを活用した残像的な表現を特徴とする。鼻煙壺のこわばった表情と見比べると造形が目指す方向には隔たりがある。下向きに昆虫を表す構図に共通性はあるが、ガレが鼻煙壺を購入した時期が特定されないため、これを直接真似たかどうかは何ともいえない。鼻煙壺を模倣したガレ作品があると決めてかかるのは、論理的な思考とはいえない。影響の有無はひとまず横に置くとして、私が知りたいのはモチーフの類似ではなく、違っている部分の意味。「何を」ではなく「いかに」表現しているかが気になるのだ。

ガレ旧蔵の鼻煙壺(ぼかしなし)
上部が暗いのは撮影の都合 高さ5.9cm  ガレが1889年以前に購入したかどうかは不明


ガレ作品(ぼかしあり)1889年          別面

ガレ作品(ぼかしあり)1889年

黒を使った乾隆ガラス(ぼかしなし)

図録の解説文によると、ガレの黒色ガラスは中国美術の影響で生まれたものとのこと。19世紀後半のヨーロッパに紹介された東洋美術の中では日本美術が格別にもてはやされてジャポニスムの流行を生んだが、中国美術もかなり紹介されていたらしい。いずれにせよ、当時、広く知られていた共有情報から、誰も思いつかなかった発想をするのが優れた芸術家の洞察力というもの。皆が知っていた乾隆ガラスをヒントにして、ガレのみが独創的なひらめきを感得したのなら、その刺激となった要因を解析するのは興味深いテーマである。

【補足:誰でも読めるウィキペディアを読んだ人が、そこからヒントを得て突拍子もない発明をしたとしよう。その発明はウィキペディアから影響を受けたと説明するのは間違ってない(←図録の解説はこの段階)。だが、ウィキペディアを読めば誰でも発明出来るわけではない。ウィキペディアはひとつの契機だが、それを指摘しただけでは発明の経緯を解明したことにはならないのだ】

日本美術にせよ中国美術にせよ、19世紀後半のヨーロッパで東洋美術への関心が高まっていたのは既知の事実である。中国の工芸品の写しと説明するだけでは、ガレがコピー上手な模造品メーカーであったと念押しされたみたいで食い足りない。図録の解説者(非論理的な文章を書く方だと思う)は、ガレ中期の名作「悲しみの花瓶(黒色ガラス)」の連作が始まった契機に関して、ガレが黒を使い始めた時期の詮索に夢中である。想像するに黒との出会いを遡れば、ガレがお絵描きを始めた子供時代となるのではなかろうか。美術に関わる人間は人生のほぼ全ての段階で黒という色と無縁ではないからだ。黒の使用時期がいつから始まるかを問うよりも、鋭いエッジを好む中国的な造形手法から、ガレ特有のおぼろげな幻影的手法が導き出されたと想定するなら、なぜ手法を変えたのか?黒の使い方が変化した意味を考える方が有意義だろう。解説者は手持ちの資料をあれこれ繰り出し、似たもの探しをして自信満々だけれど、自説に都合のよい材料のみを集めて組み立てた論法は何とコメントしたらよいだろう(美術史学会あたりでこういう発表をしたら、冷笑を浴びせられると思う)。

2008年にサントリー美術館が開催した「ガレのジャポニスム展」では、ガレの美学=「もののあはれ」が強調されていた。今度は中国美術の影響を優先する方針に変わっている。ガレが愛した「もののあはれ」は、実は中国起源でしたとなるのだろうか。物言わぬ形から何を聞き取るか?知らば見えじ、見ずば知らじ。作品と向き合っているつもりでも、実際は見えてない場合もある。


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